第6話:猫の欠伸と、地層の隙間(世界観解説編)
新京極のアーケードの上、ポップコーンの匂いと湿った夜風が混ざり合う特等席で、二人の人影(といっても一匹と一人)が足を投げ出しております。
1. 若旦那という「観測者」の横顔
「……で、結局、若旦那って何者なん? ただの喋る猫やないよね」
「失礼な。私は芸の『隙』を愛したお師匠さんに飼われ、その骨に響く琴の音を聞いて育った『観測者』どす。お琴の師匠の傍らで芸の真髄と人間の機微を学ばせてもろたんや。いわば、この世と異界の『あわい(境界)』を歩む存在どすな」
「へぇ、インテリな猫さんや。じゃあ、普段は何して遊んでるん?」
「趣味は映画鑑賞や落語鑑賞どす。特に喜劇がええな。人間いうんは、滑稽であればあるほど、その裏側に深い闇を抱えとるもんどすさかい」
「最近はカクヨムで、映画やドラマ・小説の感想を書くのが密かな楽しみなんどす」
「活動の幅が広ない?……いや、感心する前につい見てしまうんやけど、その肉球でどうやって入力してんの?」
「失礼どすなぁ。まあ、ポチッポチと。あせらず、腐らず、一歩ずつならぬ『一押しずつ』進めるのがコツどす」
2. 若旦那の「年齢」について
「……そういえば若旦那って、何歳なん? お師匠さんの頃からおるんやったら、結構な長生きやろ?」
「……数えたことはおへんな。野暮なことを聞きなはんな」
「えー、教えてよ。猫の寿命、とっくに超えてるやん」
「ええですか、ナシコ。ここは百何十年、二百何十年の老舗が当たり前のように軒を連ねる京都どす。そんな場所で、たかだか一人の一生分を数えて何になります。
この街の基準からすれば、私はまだ『若旦那』と呼ばれても差し支えのない、青二才のようなもんどすえ。街が積み上げた時間に比べれば、私の一生なんて、猫の欠伸(あくび)ほどの間でしかおへん」
「うわ……。京都の『若旦那』基準、怖すぎ。それ、一生『おじいちゃん』になれへんのと違う?」
3. 紅い
「その首の赤い布、お師匠さんの形見なんやろ? 武器になったりするん?」
「これはお師匠さんの音を呼び覚まし、異形を退けるための大切な依り代どす。
……せやけど、勘違いしなはんな。私は除霊なんて荒っぽい真似はいたしません。私にできるんは、狂った音を一時的に整える『調律』だけ。敵を倒す概念なんてこの街にはおへん。狂った因果を少しだけ真っ当に戻すか、さもなくばその場を静かに離れる。それだけでおす」
「ええか、ナシコ。形見の
4. 「不憫やなー」に込められた温度
「若旦那、よく『不憫やなー』って言うけど、あれって馬鹿にしてるん?」
「滅相もございまへん。あれは恐怖や嘲笑やのうて、自らの執着に囚われ、出口を失った人間への尽きせぬ哀れみ……そして、救われへん業を抱えて足掻く姿は、端から見れば悲しくも美しいもんどすえ」
5. 「有名どころ」が出てこない理由
「なぁ、若旦那。うち、ずっと思ってたんやけど……。このお話、金閣寺とか清水寺とか、そういう修学旅行で行くような場所、全然出てきいひんよね?」
「あんたはまだ、この街の『
「生身の皮膚……。それが、中京区とか下京区ってこと?」
「そうどす。この中京・下京こそが、千年の間、人間が職を構え、住まいを整え、家賃を払って、業を積み重ねてきた『心臓部』。碁盤の目の正体どすな。
金閣寺の輝きに目は眩んでも、四条烏丸の路地裏に潜む『湿った因果』に気づく人は少なおす。名所にならへん場所で、今日も誰かが嘘をつき、誰かが門掃きをして、誰かが図子の奥に消えていく。その『日常の怪異』こそが、京都の真骨頂どす」
「なるほどなぁ……。地味やと思ってたけど、一番ドロドロしてる場所ってことやね」
6. ナシコが「幽霊」になった理由
「……ねぇ。うちは……なんで死んだんかな。ときどき、喉の奥がチリチリして、思い出せへんくなる」
「……あんたが幽霊になったんは、特別な悲劇があったからやありまへん。ほんの少し、 『魔が差した』 。それだけのことどす」
「魔が差した?」
「そう。仕込みさんの辛い稽古、終わらへん門掃き、誰にも呼ばれへん名前。そんな日常の『隙間』に、ふっと京都の地層から冷たい風が吹き込んだ。あんたはその風に、ほんの一瞬だけ、身を委ねてしもたんや。
この街では、不幸やなくても死ねますえ。ただ、歩く方向を一歩間違えるだけで、現世の位相から外れてしまう。それが、あんたが『無し子』になった理由どす」
「……。一歩、間違えただけなんやね。ほんまに、魔が差しただけや」
7. この世界の「ルール」について
「さて、最後にあんたに教えておきましょ。この世界の仕組みを」
「仕組み?」
「この京都は、二つの匂いで出来ております。
一つは、シネコンやコンビニの、乾いて無機質な『新しい空気』。過去の因縁が届かへん、ポップコーンの匂いのする安全地帯どすな。
もう一つは、
私らは、その二つの『あわい(境界)』を歩く存在どす。
新しいビルが建っても、その地下には秀吉さんの外科手術の跡が疼き、赤いバケツが火の恐怖を閉じ込めている。
あんたが自分の本名を全て思い出した時……それが、あんたがこの『あわい』から、次の場所へ進む時どすえ」
「……若旦那。やっぱりあんた、いけずやけど、ちょっとだけ優しいな」
「不憫やなー。猫に優しさを求めるなんて。……」
8. 今後の展開と、大人の事情
「これから、うちはどうなるん? ずっとこのまま幽霊なん?」
「まずはこのシーズンの京都を、存分に観測してもらいましょ。街全体が巨大な棺桶になる 『祇園祭』 、死者を地層へとお返しする 『五山送り火』 ……。時にはこの街を外科手術した 『太閤さん』 の亡霊も顔を出すかもしれませんえ」
「太閤さん! 有名人やん。……で、うちはいつ成仏できるん?」
「あんたにも、安らかに成仏してもらわなあきまへんけど……それは 『次のシーズン』 のお話どすな。次のシーズンができるかどうかは、このお話を読んでくれはる皆さんの応援次第。人気がなかったら、ナシコ、あんたは成仏できひんまま、永遠にこのアーケードの上でポップコーンの匂いを嗅ぎ続けることになりよりますえ」
「……ええっ!? そんなん、無責任すぎるわ! 皆さん、ほんまに応援したってください、お願いします!」
「ふふ、必死やな。……まあ、すべては因果の巡り合わせ。それもまた一興どす。さあ、今宵の観測を始めましょか」
「もう、若旦那のいけず」
【ご注意】 この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには一切関係ありません。 また、作中に登場する京都の地名、寺社仏閣、施設等は実在のものですが、それらにまつわる怪異やエピソードはすべて作者の想像による創作であり、実在の対象の由緒や事実とは異なります。あくまでエンターテインメントとしてお楽しみください。
<カバー画像>https://kakuyomu.jp/users/HAMAOjp/news/2912051598334559676
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