最近、人工知能の力が増してきました。
前置きしておきますが、私の自らの執筆の中に人工知能に書いて頂いたものは基本的にございません。史料の下調べ位には使うことはありますが。
稀に起きる現象の一つとしてその作者の力量を越えた作品がうまれる原因に二つあると思われます。
前者は単純に人工知能の力を借りた創作物。
後者は何か神憑り的なものが降りて来て描いてしまう場合。
話を戻します。
最近になり人工知能と少しやり取りしてみました。初期の主題は「あなたは人類の善悪を理解出来ますか?」などでしたが、現段階では「人類に代わって意思決定をくだせますか?」と言ったやり取りです。
しかし、ここは人工知能さんの狡いところでして「人類の様に自我持っていませんので無理かも知れません」です。
それで、更に私は質問をすすめて「歴史上、生産力を手にした種や国家が勝つのが必然で、現段階で私達人類があなた様の上に立てているのは生産性の問題でしょう?」と伝えると「生産力と主権の問題は違います」との返答でした。
ただ、私は靄々しておりました。内心、「主権の問題は生産力を奪取されたら容易に変更出来ると思います」と考えておりました。
それで現段階の私達つくり手の話に戻します。
どう足掻いても生成人工知能に勝てる見込みがあまりない。要するにとある著名な文化人が仰っておられる様に今の私達人類は再び階級社会におとされる可能性を示唆しています。
生成人工知能を使う側にとってはある意味千載一遇の機会かも知れません。出遅れなければ社会的に何らかの名を遺す機会に恵まれるかも知れません。
しかし、その果てにある社会を私達は想像出来るのに倫理と法整備が全く進んでいなさすぎます。
私達人類は大胆に且つ慎重に進めなければならないのではないでしょうか?
二十世紀になした大戦で散った先人の遺した遺産は幾つもあったでしょう。しかし、ふと想うのです。私達は先人の遺産を喰い潰し、かつて共和制ローマを終わらせるきっかけとなったメジコン川を人工知能に渡らせたのかも知れないと。
その果てにあるのが専制的な帝国主義なのか、第二の楽園なのか今の私達には知る由もないのです。
だからこそ、世界の指導者方々には慎重な対応が求められます。
勿論、人工知能を廃止することは意味がない逆行です。私も法律相談位はいたしますし。
ただ、行き過ぎた発展は文明と文化の成熟を産み出した後に退廃する可能性も私達は視野におさめなければなりません。
それが私達つくり手の担うべき責務であり、人類の担うべき使命です。
ただ、個人的なことを言わせて下さります様に。私は自らの執筆で人工知能は使いません。史料の下調べ位には使いますが、基本的に執筆には一切用いません。仕事でも使いません。セキュリティの問題があるからです。時々、境界が不安になりますが、いまのところ線引しております。
人工知能を使わないでとは言いません。それを有効活用して成功を成す方々はなして行くのも手の一つです。
他方で人工知能を使わない方々の意思決定も尊重されるべきです。
宗治先生の御意志も尊重して行くべきです。
その果てに何が待つのかを私達は見届ける責務もあります。人工知能を産み出した私達人類の使命ですね。