第26話 結婚編 披露宴スピーチ「負けた側の祝福」

グラスが、軽く鳴る。


澄んだ音が、ざわめきの中にひとつ落ちる。


視線が集まる。


ヒロが、ゆっくりと立ち上がる。


相変わらず整った立ち姿。

無駄のない所作。


少しだけ口元に浮かぶ笑み。


それが、どこか挑発的で——

でも、どこか寂しげでもあった。


「えー……」


マイクの前で、わずかに目を伏せる。


一瞬、間を置く。


その“間”が、やけに長く感じる。


「正直に言っていいですか」


ざわっと空気が揺れる。


チカが、ほんの少しだけ身構える。


タカも、わずかに眉を動かす。


カズが小さく「来たな」と呟き、

タツヤが苦笑する。


ヒロは気にせず続ける。


「俺は、この結婚」


グラスを軽く揺らす。


「気に入ってませんでした」


会場が静まる。


誰かが小さく息を呑む。


ミユが「ちょっと……」と不満そうに顔をしかめる。


エミが慌てて袖を引く。


サチが不安そうにチカを見る。


でも——


ヒロは止まらない。


むしろ、ようやく本題に入ったように、

少しだけ息を整える。


「昔からそうだけど」


タカを見る。


まっすぐに。


「こいつ、何もいらないような顔して」


少しだけ笑う。


「一番大事なとこだけ、持ってく」


会場に、小さなざわめき。


タカは苦笑するしかない。


カズが「それな」と小さく頷き、

タツヤも肩をすくめる。


ヒロの目は、ずっとタカを捉えている。


「正直、邪魔でした」


はっきり言う。


「チカにとって、もっと“いい選択”はいくらでもあった」


言葉が、静かに落ちる。


重くもなく、軽くもない。


ただ、真っ直ぐに。


チカの指が、少しだけ動く。


でも——


ヒロは続ける。


「俺でもよかったし」


「他の誰でもよかった」


少しだけ肩をすくめる。


「ちゃんとした仕事で、ちゃんとした未来で」


「もっと分かりやすく幸せにできるやつなんて、いくらでもいた」


一歩、言葉を重ねる。


「なのに、選んだのがこいつ」


タカを指す。


「意味が分からなかった」


静かな空気。


誰も口を挟まない。


ヒロは、一度グラスを見つめる。


揺れる液体の中に、過去を映すように。


「中学の頃から見てた」


ぽつりとこぼす。


「笑ってるときも、怒ってるときも」


「どうでもいいことで悩んでるときも」


少しだけ、目が柔らかくなる。


「だから、余計に思った」


「なんでそいつなんだよって」


苦笑。


「俺の方がいいだろって、何回も思った」


会場に小さな笑いが起きる。


でも、その奥にあるものは、ちゃんと伝わる。


ヒロはゆっくり顔を上げる。


「でもまぁ」


声が少し変わる。


柔らかく、静かに。


「今日見て、分かりました」


タカを見る。


まっすぐに。


「逃げなかったな、お前」


一言。


空気が、少しだけ変わる。


「昔は逃げてばっかりだったくせに」


少しだけ笑う。


タカも、苦く笑う。


「言わなきゃいけないときに言わない」


「来なきゃいけないときに来ない」


「守るって言っといて、守らない」


一つ一つ、過去をなぞるように。


「そんなやつだったのに」


一瞬、間を置く。


「最後まで立ってた」


「全部受けて」


「逃げないで」


「ここにいる」


短く区切る。


一つ一つ、噛みしめるように。


「それは、認める」


はっきりと言う。


カズが静かに頷き、

タツヤも目を細める。


ヒロは、今度はチカを見る。


「チカ」


名前を呼ぶ声が、少しだけ柔らかい。


「お前も……相変わらず面倒くさいな」


会場に小さな笑い。


チカが少しだけ眉をひそめる。


でも——


どこか懐かしい。


その言い方も、その距離も。


「怖がって」


「疑って」


「勝手に抱え込んで」


「でも最後はちゃんと向き合う」


ヒロは小さく笑う。


「そういうとこ、ずっと変わってない」


チカの目に、少しだけ涙がにじむ。


ヒロは、軽く息を吐く。


「だから」


少しだけ言葉を選ぶ。


「その面倒くささを受け止められるやつじゃないと無理だと思ってた」


タカを見る。


「こいつなら……まぁ、ギリいけるな」


会場に笑いが広がる。


タカが苦笑する。


「ギリかよ」


小さく呟く。


ヒロは肩をすくめる。


「満点じゃない」


「でも、お前なりにちゃんとやった」


そして——


少しだけ、間。


「負けたなって思った」


その言葉は、小さく。


でも、はっきりと。


会場の空気が、静かに揺れる。


「まぁつまり」


グラスを持ち上げる。


「お似合いってことです」


一瞬の間。


それから、口角を少し上げる。


「悔しいけどな」


会場に笑いが広がる。


空気が、やっとほどける。


ヒロは、ゆっくりと言う。


「タカ」


「チカ」


二人の名前を呼ぶ。


「ちゃんと最後までやれよ」


少しだけ、厳しく。


でも——


優しく。


「幸せになれ」


短い。


でも、それが全部だった。


グラスを掲げる。


「乾杯」


会場が一斉に応える。


「乾杯!」


音が重なる。


笑顔が広がる。


ヒロは静かに座る。


その横顔。


少しだけ、力が抜けていた。


カズが横から小さく言う。


「かっこつけすぎだろ」


ヒロは鼻で笑う。


「うるさい」


タツヤがグラスを合わせる。


「いいスピーチだったぞ」


ヒロは何も言わない。


ただ、少しだけ目を伏せる。


(……終わったな)


誰にも聞こえない、小さな呟き。


視線の先。


タカとチカ。


並んで笑っている。


その姿を、ほんの一瞬だけ見つめる。


それから、いつもの表情に戻る。


グラスの中の光が、静かに揺れていた。


“負けた側”の言葉は、誰よりもまっすぐだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る