第二章 真夏の夜のピペラード 3

 

 料理代金は当たり前だが店に払う。店と店長にもちゃんと説明をする。週に二、三回で、店が休みの日は注文はしないし、店に来る時は、変身魔術で容姿を変える。通信魔術で注文内容と来るかどうかを連絡する。


 報酬は、ミザリーに対して一食につきマルト金貨一枚。そして、「厨房を使ってもらっているから」という理由で、「ファルーカ」にも一ヶ月につきマルト金貨三十枚の手当と、ハーディゾンの最高品種モハンを百グラムをいただくことになっている。モハンは従業員の賄いや休憩用の茶として振る舞う。


 王宮にしては、王太子の中では微々たる金額なのかもしれない。しかし、バイトを掛け持ちするフリーターにとっては、ありがたすぎる手当だ。


 深夜残業が増えたと思うと負担だが、報酬付きでだと思えば、あまり苦にならない。いきなり任命されたのには面食らうしかなかったが、慣れてしまえば楽だった。


 チョコミントのアイスを出した翌日は、朝からシフトに入っていた。昨日と同じように、朝からランチタイムまで働き、夜の営業が少しすぎた後に再び仕事をする。後期課程の終わりとともに、魔術学院でのバイトは週一回になった。その分、「ファルーカ」でのバイトに集中できる。仕入れ業者が勝手口に乳製品などを置いていく中、せっせとランチの準備と本日用の焼き菓子を準備する。


「これ、食っていいんすか?」

「いいわよ。昨日のあまりだから」

「いつもありざっす!」


 チョコミントうめーと大柄な体を丸めながら、クロードが昨日の残りのアイスを頬張る。ミザリーが夜食係だと知るのは、この店では店長とクロードだけである。店長はこの店の主だし、クロードと仕事をすることが多いので、知らせる義務がある。あとは、どうやって王太子に近づいたのかと問われたり変な噂が立つと嫌なので、二人には口止めしてもらっている。


 クロードと仕込みを続けていくと、ランチ営業開始の二時前に、店長が仕入れから帰ってくる。野菜、肉、缶詰などに加えて、みたことのない黄金の実を箱いっぱいに持ってきた。


「ただいま。いやあ、いい買い物ができた」

「なんですか? これ」


 ミザリーが、これ、と箱いっぱいの実を指しながら尋ねると、店長が面白そうに笑う。料理をするのが楽しくてしょうがない、という純粋な思いと、自信が入り混じった顔をしている。


「これはね、ビワ」

「ビワ?」


 クロードとミザリーの言葉が被った。二人とも知らないか、と、店長は小さい果実を弄ぶ。


「バラ科の木なんだけど、実をならせてくれてね。この果実が美味しいんだ。味は、桃に似ているかな。皮を剥けばそのまま食べられるよ。安かったしたくさん売っていたから、つい買っちゃった」


 ミザリーは食べてみて、と出された黄金の果実を手に取った。産毛に包まれたそれは、皮から甘い香りを醸し出している。剥いてみると、みずみずしい果汁が指先にまとわりつく。一口食べてみる。


「甘いけど、甘ったるくなくていいですね。でも、その量使い切れるんですか? 腐りますよ?」

「大丈夫。シロップ付にすれば年単位で持つし。それに、僕が欲しかったのは、種」

「種? それ、そのまま食うんすか?」


 隣で、クロードも手を果汁でベタベタにしながら咀嚼する。気に入ったのか、ミザリーが一つ食べる間に、三つも平らげてしまっている。


「まさか。種はそのまま食べると毒になるから。面白い使いかたができるんだよ。ミザリーちゃん、ちょっと興味ない? 今の季節にぴったりな、昨日のチョコミントアイスに負けないさっぱりしたデザートが作れるよ」


 デザート、という単語にミザリーは反応する。

 ありますとも、店長。

 

 

 その数日後の夜。

 ミザリーがいつものように夜定食を作っていると、不意に左手が光った。

 ポーチドエッグを作る手を止めて、確認する。火の鳥の紋章と共に書かれていたのは、次の依頼だった。

 

 二食分、王宮の私の私室まで持って来てほしい。デザートはさっぱりした冷たすぎないもので。

 

 持ってこい、という口調の強い命令でないことに、少しだけミザリーは感心する。王宮か。結構遠いな。しかも暑いから、凍結魔術を長めにかけないと。今は夜の九時半で、この時間からの依頼って珍しいな。冷たすぎないもの。アイスは駄目だから……て。


「……え?」


 遠くから、オムライスお願いします! と言う客の声が聞こえてくる。

 

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