第34話

――ガガガガガガガッ!!!!


 黒王会アジトの正面道路。


 静寂に包まれていた夜の歓楽街は、突如として戦場と化した。


 五台の巨大な装甲トラックから吐き出された、百人を超える『爆絶雷鳴ばくぜつらいめい・デッドサンダー』の完全武装兵たち。彼らが一斉に放つ無数の魔力弾と重火器の掃射が、たった一人で立ち塞がる俺へと雨あられのように降り注ぐ。


「オラァァァッ!! 潰せェェッ!!」

「あのくそみてぇな悪魔を引きずり下ろせェェェッ!!」


 怒号と硝煙が渦巻く中、俺は極小の動作でステップを踏んだ。

 迫り来る致命の弾幕を、最小限の雷の防壁で弾き落とし、あるいは紙一重で躱していく。


「ただの特攻服着た不良の集まりだったくせに、ずいぶんと統率の取れた軍隊になっちまったな」


 俺が小さく呟いた直後。


 ――ドゴォォォォンッ!!

 アスファルトを爆砕し、左右の死角から二つの影が獣のような速度で肉薄してきた。


「死ねェェェッ、このクソ悪魔ッァァァッ!!」


 首筋に傷跡を刻んだ男――れんが、身の丈ほどある巨大な魔力戦斧を、俺の脳天目掛けて力任せに振り下ろす。


「逃がしません……ッ!」


 同時に、氷のような瞳をした女――しずくが、地面を滑るような低い姿勢から、漆黒の魔力短剣を俺の心臓へと突き刺しにくる。


 息の合った、必殺の十字攻撃。

 以前のコイツらなら、俺のあくびが出るほど遅い攻撃だった。だが今は違う。魔力の密度も、踏み込みの鋭さも、確実に俺の『死』を掠めるレベルまで洗練されている。


 ――ガィィィィンッ!!

 俺は、右腕に高密度の『白雷』を纏わせ、蓮の戦斧を強引に弾き飛ばし、その反動を利用して雫の短剣を蹴り上げた。


 火花が散り、強烈な衝撃波で周囲の兵隊たちが吹き飛ぶ。


「……なんでだッ!!なんで、俺たちの事を捨てて、あんなクソみたいなオッサンなんかの下にいる!!」


 蓮が、弾き飛ばされた勢いを殺して着地し、血を吐くような声で絶叫した。


「迅は、……王だ! 俺たちの神だ!! なのに、なんでドコの馬の骨とも知れねェ雑魚に頭を下げて、こんな薄汚ェ事務所でヘラヘラ笑ってんだよォォッ!!」


 蓮の悲痛な叫びに、俺は冷たい視線を向けるだけだった。


 だが、蓮と雫の瞳の奥で燃え盛っているのは、自分たちを捨てたことへの『憎悪』ではない。


「(……俺たちは、弱かったから捨てられたんだ)」

「(彼の事を、何も理解してあげれてなかった……)」


 ――2年前、雨の降る地下駐車場。


 全てを投げ捨てて歩き出した迅の背中を、泥水に這いつくばりながら見送ったあの日。


 蓮と雫の網膜に焼き付いていたのは、怒りでも屈辱でもなく。強すぎるが故に誰とも対等になれない、迅の『途方もなく孤独な背中』だった。


『……この漫画の主人公たちさ。すげェピンチの時に、ボスとナンバーツーが背中合わせになって戦うんだよ。最高に熱くねェか?』


 あの日、迅が何気なく口にした言葉。

 当時は「何を馬鹿なフィクションを」と理解できなかった。だが、迅が去った後、蓮と雫は気づいてしまったのだ。


『……あれは、SOSだったんだ』


 あの日、蓮は血まみれの拳でコンクリートを叩き割って泣いた。


『迅様は、俺たちみたいな傅く奴隷が欲しかったわけじゃねぇ。背中を預けられる、対等な相棒が欲しかったんだ……。なのに俺たちは、あの人を神様扱いして、孤独な玉座に縛り付けちまった……!』

『強さ故の、孤独……。私たちは本当に惨めね……何もできない……』


 迅を一番理解していたつもりで、何一つ分かっていなかった。


 自分たちが弱すぎるから、不甲斐ないから、あの人を退屈と孤独の中に置き去りにしてしまった。


 それからの二人の日々は、狂気そのものだった。

 迅にもう一度振り向いてもらうため。二度と彼を孤独にさせないため。


 蓮と雫は、残された『爆絶雷鳴・デッドサンダー』を再編し、血みどろの抗争を繰り返して巨大組織へと拡大させた。


 そして、己自身の力も。睡眠時間を削り、魔力回路が焼き切れるほどの地獄の特訓を、文字通り『死ぬ気』で繰り返した。


 すべては、あの天才の隣に立つ資格を得るために。


 そんな狂気の淵にいた彼らに目をつけたのが、他ならぬ九条家の長男――迅の実の兄だった。


『出来損ないの次男が、神浜町で雑魚を従えて遊んでいる。……貴様らに、九条家最新鋭の魔法兵装と資金を与えてやろう。あの馬鹿を家へ連れ戻せ』


 特権階級からの、圧倒的な力の提供。


 蓮と雫は、九条迅以外の何者かに従うつもりなど毛頭なかった。だが、あの人に再び会えるなら。あの人の隣に立てる力を得られるなら、悪魔とでも契約する覚悟だった。


 そうして手に入れた力を率いて、彼らは今、こうして迅の目の前に立っている。迅を殺すためではない。迅と『対等に背中を預け合える相棒』であることを、証明するために。


「……私を見て!!迅!!私を、私たちを見てください!!」


 雫が、涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、全身の魔力回路を限界突破させて漆黒のオーラを爆発させた。


「私たちはもう、貴方を退屈させない!貴方の隣に立つ資格がある!!だから……あの空っぽの豚なんか捨てて、私たちのところに帰ってきてぇぇっ!!」


 雫の悲痛な叫びと共に、蓮の魔力戦斧と雫の短剣が、九条家の最新鋭ブースターによって限界を超えた速度で俺に迫る。


 周囲の兵隊たちも、命を削るような一斉射撃を放ってきた。


「……」


 俺は、涙を流しながら突っ込んでくる二人を見て、微かに目を細めた。


 確かに、強くなった。普通の人間が到達できる限界点を、執念だけで超えてきている。


 だが。


「……お前らの覚悟は、痛いほど伝わったよ」


 俺は、これまでポケットに突っ込んでいた左手も抜き、両手をゆっくりと広げた。


 次の瞬間。

 ――カッ!!!!


 神浜市の夜空を真昼のように白く塗り潰す、極大の落雷。


 俺の全身から放たれた『白雷はくらい』のドームが、迫り来る全ての攻撃と兵隊たちを、一切の容赦なく飲み込んだ。


「ガァァァァァァァッ!!」

「あ、ぁぁぁぁぁっ!!」


 最新鋭の魔法装甲が、飴細工のようにドロドロに溶け落ちる。


 百人の精鋭部隊が、一瞬にして、アスファルトに倒れ伏す。


 爆風に巻き込まれた蓮と雫の体も、ボロ雑巾のように宙を舞い、数十メートル先の装甲トラックに激突して地面に転がった。


「ガハッ……! ゴボッ……」

「あ、ぅぅ……っ」


 致命傷。

 全身の肉が焼け焦げ、立ち上がる筋力すらもはや残っていない。


 結局、二人がどれだけ地獄の特訓を積もうと、九条家の兵器を取り込もうと、俺との間にある『絶対的な壁』を超えることはできなかったのだ。


「……終わりだ。やっぱりお前らじゃ、俺の隣には立てねェよ」


 俺は、静かに言い放ち、背を向けようとした。

 だが。


「ま……だ、だ……ッ」


 蓮と雫が、泥と血に塗れたアスファルトに這いつくばったまま、再び顔を上げたのだ。


「……っ?」


 俺の足が、ピタリと止まる。


「……行か、せねェ……。もう二度と、迅様を……一人に……!」


 蓮の瞳から、ボロボロと大粒の涙が溢れ落ちる。


「全部奪われて……あの地獄みたいな掃き溜めで腐ってた俺たちを……救い出してくれたのは、迅様だ……ッ! アンタは、俺たちの……全部だ……。俺たちの、神様なんだよ……ッ!!」

「……私に『生きる意味』をくれたのは、迅だけです……。だから……貴方が孤独だというなら……私がその孤独ごと、貴方を愛して、殺します……ッ!」


 蓮と雫は、立ち上がる力すら失ったまま、アスファルトの上で互いの血まみれの手を強く握り合った。


 次の瞬間。

 二人の体から、限界を超えた生命力そのものが、ドス黒く、そして美しく輝く『一筋の光の槍』となって顕現した。


 それは、憎しみでも殺意でもない。

 ただ純粋な、狂おしいほどの『尊敬と祈り』の結晶だった。


「……このクソ悪魔がァァァァッッッッ!!!」


 雫の、喉が裂けるような絶叫。


 血を吐きながら這いつくばる二人が放った、文字通り命を燃やし尽くした最後の一撃。

 光の槍が、空間を歪めながら、俺の胸ぐらへと一直線に迫ってきた。


 避けるのは、容易かった。

 防御魔法を張るのも、俺の反射神経なら造作もないことだった。


 だが、俺はその『あまりにも純粋な執念の一撃』を前にして。


(……ああ。お前ら、気づいてくれてたんだな)


 俺の、あの日のちっぽけなSOSに。

 俺は、ほんの一瞬だけ。意図的に、足の動きを止めた。


 ――シュッ。

 光の槍が、俺の顔のすぐ横を通り抜け、背後の街灯を真っ二つに切断して夜空へと消滅した。

 そして。


 俺の白い頬に、一筋の浅い線が走り。ツーッと、一滴の鮮血がアスファルトに滴り落ちた。


「……あっ……」


 蓮と雫の目が、限界まで見開かれる。

 絶対の神であった俺に、傷をつけた。彼らの放った祈りが、ついに俺へ『届いた』のだ。


「……ハッ」


 俺は、頬から流れる血を親指で乱暴に拭い、小さく笑みをこぼした。


「……強くなったな、お前ら」


 その言葉は、かつて見下していた時の冷たいものではなく。

 確かに彼らの意地を認めた、俺なりの不器用な賛辞だった。

「……へへっ。……あの化け物に、届い、た……」

「……迅…………」


 蓮と雫は、血まみれの顔で、まるで褒められた子供のように満足げな笑みを浮かべた。


 そして、繋いだ手を離すことなく、完全に意識を手放し、静かな寝息を立て始めた。


「……馬鹿な犬どもだ。少しは休んでろ」


 俺は、血の海に倒れ伏すかつての部下たちを見下ろし、小さく呟いた。


 これで、外の掃除は終わった。

 そう息を吐き出そうとした、まさにその時だった。


 ――ドゴォォォォォンッ!!!!

 突如、俺の背後にある黒王会のアジトの壁が、内側から激しい爆発音と共に吹き飛んだのだ。


「……チッ!」


 俺が舌打ちをして振り返る。


(……そういうことか。兄貴の野郎)


 俺は全てを理解した。


 蓮たち『爆絶雷鳴・デッドサンダー』が正面で暴れ回っていたのは、俺を外に釘付けにするためのただの前座。


 九条家にとって、蓮たちのような野良犬の想いなど、都合のいい捨て駒でしかなかったのだ。


 その混乱の隙を突き、実家の兄が放った『九条家の真の精鋭部隊』が、別ルートからアジトの防衛線を突破し、ボスのいるオフィスへと雪崩れ込んでいた。


「(……ボスのところに、行かせたか!)」


 最弱にして最高の神輿であるボスの命に、絶体絶命の危機が迫っていた。




⭐︎

ちゃんと悪魔だとか化け物だと言われた事は覚えてます。怒りのゲージは貯金式です。

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