3章 失恋射手と【フリクション】
第21話感傷の時間は終わった
昨晩はいろんなことがあった。いろんな情報を知って、絶望をした。
俺は二度と帰ることが出来ないらしい。運良く帰っても、またこの土地に呼び寄せられるのだろうとも。そして、この世界に留まれば、いずれは生贄とされる、とも。俺を取り巻く事態は、想像以上に絶望的だったのだ。
太陽はのぼり、朝が来た。
でも、今の俺にあるのは絶望じゃない。
朝食を食べ終え、俺は全員に呼び掛けて円状に座ってもらうことにする。
「話がある」
剣呑とした様子に、けれど心当たりのある伊織さんとフロローウェラは頷いて静かに座った。伊織さんは正座、フロローウェラは内股座りをした。金の髪は、昨日色が落ちたはずなのに元通りになっていた。あれから染め直したのだろう。
「ボクの天気予報だと、今日は雨が降るんだって~。先に移動してから話をしない?」
「話がある」
「あ、これ、聞かなきゃ動かないやつね。うん」
これでようやくザイロも座る。
「まずはパーティー名を確定しよう。【
「よくないわよ。待って。パーティー名決定権って私にあったわよね?なんであんたがさらっと決めてんの?」
「パーティーは何をすべきか、理由を明確にすべきだと思ったんだ。俺は怒っていることをパーティー名から分かるようにしたい」
「まずは何があってどういう結論に至ったのかを説明しなさいよ!! あんたの心境の変化が分かんないから、ほぼ全員混乱してるのよ!?」
・・・というフロローウェラの抗議があったため、蚊帳の外だったザイロにもわかるように、鴉羽族の生贄の件、そして【蒼龍の礎】がどんな状況なのかを、伊織さんから許可をもらって簡単に説明していった。
ある程度の事情は知っているはずのフロローウェラも、【蒼龍の礎】が撤退間際であることは初耳だったのだ。青ざめていた。きっと彼は、セオヴェルのことが好きで、でもいざというときは都合よく【蒼龍の礎】に頼ろうと思っていたのだ。だから、伊織さんに対して助けを乞うために、普段から腰を低くしていた。
「フロローウェラ。悪いけど、お前を【オファリング】に返すのは、やめにする。おまえはこのままうちのパーティーに正規加入しろ。ランクに差はあるけれど、今は非常事態だ」
「い・・・嫌よ!! 何のために私がおびえながら【オファリング】にいたと思って・・・!!」
「パーティー名、縁起を担ぎたいので、もっと美しい名前を考えませんか?」
「伊織様!! 私の話題を流さないで!!」
今度は伊織さんから別の抗議の声が上がった。まあ確かに、「復讐者達」は、他のパーティーから物凄い目を向けられるだろうからな。
「じゃあ、【レジスタンス】」
「それは国家反逆を企ててるようで、誤解を招きやすいですのでやめましょうね」
「【逆鱗】」
「地雷原っぽくて関わりたくないわって思うわね」
俺の怒りを含んだ、いいパーティー名はないだろうか。そう思ってると、ザイロが手を挙げた。
「【
摩擦。強い印象はないが、だからこそ内なる怒りを感じるような。悪くない名前だ。ここでフロローウェラは手を挙げた。
「私に決定権があるのよね!! ええ。【フリクション】。いいと思うわ。それにしましょう」
伊織さんも、満足そうにうなずいた。全員が納得の上で決めるというのは、中々気持ちのいいことだ。
これより俺たちは【フリクション】となった。ザイロ、伊織さん、フロローウェラの全員の顔を見ていく。
昨晩、俺は横になりながら、自分がこれからどうすべきか、どうしたいかを何度も考えた。
そして。帰ることができないのであれば、この地で戦おうと思った。知ってしまった以上は、俺だけ逃げるというのは後悔が残る。
鴉羽族を苛む、悲しい悲劇の連鎖を、俺が止めたい。
「迷惑をかけることになるけれど、手伝ってほしい。俺たち鴉羽族が生贄にならないで済む手を」
【蒼龍の礎】がこの国から撤退することは、俺個人の感情で止められない。彼らは国や周囲からの反発にあいながら、ここまで出来うる限りの鴉羽族に手を差し伸べ、助けてきたんだ。それがこれからも永遠にできると思うのは難しい。逆に、せっかく保護しても、因縁付けられて攻められでもしたら、守ってきたことが無駄にさえなってしまう。
で、あれば、俺たちが目指すのは、鴉羽族が命を落とす原因自体を潰すこと。原因さえ潰せば、SS級の足並みは揃う。
「異界の門を解決しよう。諸悪の根源はここにある」
「言うは易しだけどさ。宛はあるのぉ?」
「無い。だから調べる。調べて、解決法を探る」
それしかない。あまりにも曖昧なくせに、それしか言えないけれど、これまで異界の門への解決が手遅れになっていたのもまた、鴉羽族の存在があった。生贄を捧げれば解決するのであれば、人間どうしても解決の優先順位が下がってしまう。人の命を代償にすることはよくないことであっても、解決法にそれがあれば、必死になれないからだ。
「確実に何かを得られるなんて、保障もない旅になる。時間と体力だけを浪費して、何もつかめない可能性だってあるだろう。それでもいいか?」
この旅は、続けたとて関係の無い者、利益なんて0な人間もいる。特にザイロに至っては、俺が元の世界に戻る前に全財産を渡す約束をしたけれど、これ実質反故になる。けれど、ザイロもフロローウェラも、頷いた。
「いいよ!!だって、ボクは友人の助けになりたいって言ったじゃん」
「・・・仕方ないわね。確かに、怯えて生きていくよりは、イチかバチかに賭けてみたい」
ザイロとフロローウェラは快諾。しかし、そうはいかない人物が一人だけいた。
「功矢。私は返事をする前に、昨晩の返答が欲しいです」
ザイロとフロローウェラの視線が伊織さんに集まった。
俺と伊織さんが婚儀を上げることで、それを目くらましにして東の国に帰る手段があることを二人には伝えた。故に、二人はゆっくりと立ち上がった。
つまりは、プロポーズの答えがここで俺の口から発せられるからだ。気を利かせた二人は、聞こえないように湖の方向へ歩いて行った。二人とも、茶々は入れない。判断をすべて俺にゆだねる覚悟をもって、この場を去ったのだ。
ここには俺と伊織さんのみ。
そして、彼の求愛をこのまま受け入れれば、きっと俺はこのまま【蒼龍の礎】の船に乗って国外逃亡することになり、一方拒否すれば俺の意志を静かに受け入れて、伊織さんは静かに去るだろう。彼は俺の意志を、尊重してくれようとしている。
ここでパーティー名を提唱した時点で答えは分かり切っているだろうに、俺の描く未来なんて想像がついているだろうに。それでも伊織さんは判決を待つ罪人のように、静かに返答を待っているのだ。
一緒に時間を過ごして、やっとわかった。伊織さんは、とても優しい人だ。俺を強引に攫うことも出来ただろう。事情を一方的に語って、都合を押し付けてくることだって出来た。
だというのに、しなかった。
情報の入手順を間違えたら、俺が選択を誤ってしまう。伊織さんが自身の意図を脈絡なく説明しても、俺は納得できなかっただろう。だって、「お前は命の危機にいて、自分はお前を守っていた」だなんていわれて、「はいそうですか」と答えられる人間が果たして何人いるんだ。
「伊織さん」
これから来るだろう言葉を、確信しているのだろう。笑顔を装っている。でも、覇気がない。俺に罪悪感が残らないように、慰めの言葉を逆に考えているのだ。
「昨晩は、ありがとうございました。貴方が俺に声をかけてくれなかったら、俺は切り替えることなんてできなかった」
そう。月が照らすあの美しい夜に、俺なんかに向き合ってくれたこと。それは、俺にとってどれだけ大きな救いとなったことか。今こうして俺が前を向こうと思ったのは、伊織さんのお陰なんだ。けれども、そんな俺とは相反して、伊織さんの元気は失せている。
でも。
俺は伊織さんの予想の範疇に収まってなどやらない。
「伊織さんはこれから、俺の情夫になる。これは決定事項です」
下がっていた目線が、ゆるゆると上がり、俺の顔を見る。
張り付けたような笑みと諦念がこもっていた目には、やがて、「え?いまなんて言った?」という宇宙猫のような顔になった。
「・・・ごめんなさい。聞き漏らしました。今、なんていいました?」
「俺の情夫になるんです」
「ちょっと待っ・・・、え? 情夫・・・? え??」
情夫、すなわち愛人である。
突然のワードに慌てている様子だが、俺もこの答えに至るまでに、何度も考えた。そう、プロポーズを受け入れれば、俺の身は安全になる。けれど、同胞が生贄になるという事実を無視して、その後のうのうと生きていくことができない。自分の命を懸けてでも秘密を打ち明けてくれた、フロローウェラを見捨てたくない。
なにより、セオヴェルには直接言ってやりたいことが出来た。
けれど、伊織さんの答えを拒絶すれば、伊織さんは姿を消す。彼の力は、俺にとって必要だ。
なので俺は、ものすごく都合よくふるまうことにしたのだ。そう!! 伊織さんを愛人にしてしまえば、伊織さんを仲間にしつつこの国に留まれるのである!!
「我ながらなんと外道・・・!!」
しかし、伊織さんはわなわなと震えている。
「その、情夫がお気に召さないのであれば、断っていただいてもいいのですが・・・。さっきは思わず決定事項なんて言ってしまったけど」
「なんて選択肢を押し付けるんですか!! こ、功矢は失恋の痛みをよく分かっているはずなのに、残酷なことを!! わ、私が功矢のことを好きって知っていて、そんな選択肢を押し付けるだなんて・・・!!」
伊織さんは、珍しく言葉が荒れ、勇ましく立ち上がった。・・・と同時に、口元を隠しながら、顔を赤らめている。
・・・あれ?
嬉しそうだな?
「真心があると昨晩言ったことを撤回します。都合が良すぎます!! そ、そんな、結婚はしないけれど、人を愛人にするだなんて」
「主導権はあくまで俺ですので体の関係は俺から許可があることが前提ですが、もちろん必要があれば俺のことを抱いていいですよ。その覚悟を持って発言しましたので」
「わ、私が無体を働かないって知ってる上で発言してますね!? そんな、仮にもたくさんの部下を持つこの私を、じょ、じょじょ、情夫なんて」
雑に扱われたことのない人生なのだろう。それはそうだ。身のこなしも、何もかもが超一流。周囲からも神輿に乗せられて生きてきた。伊織さんはすたすたと歩き、俺の隣にポスっと座る。
「・・・婚前ですので私から功矢に手出しはしませんが、もし。もし仮に功矢から求めてきたら、情夫として仕方なく。仕方なく抱けばいい。そ、そそ、そういうことですね?」
「嫌ですか? であれば断っていただいてもいいんですが」
「惚れた弱みに付け込んできてますよね?」
明確なYESの返事はなかったが、口元を抑えて顔を真っ赤にしていた。戻ってきた二人は不思議そうにしていたが、けれどパーティーの方向性はこれでようやく定まったのだった。
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