第45話 因縁

「た、大変だ……っ!!」


 静かだったギルドのフロアに、場違いなほどの爆音を立てて扉が跳ね上がった。


 息を激しく切らし、額に大量の汗を浮かべたケビンさんが、血相を変えて飛び込んできたのだ。


 さっきまで訓練場でへたばっていたはずの彼が、見たこともないほどに狼狽している。


「ケビンさん!? どうしたんですか、そんなに慌てて」


 私が椅子から立ち上がると、ケビンさんは私の肩を掴むような勢いで叫んだ。


「アンダードラゴンが出たみたいだ!大きく土煙が上がったのが見えた、場所は……前回交戦した、あの山だ!」


「っ……!」


 その言葉に、私の隣にいたルーシーさんの表情が一瞬で凍りついた。眼鏡の奥の瞳が、これまでにないほど鋭く引き締まる。


 迷っている時間は一秒もない。ルーシーさんは即座にバインダーを机に叩きつけるように置くと、凛とした声で指示を飛ばした。


「アストラさん、ケビンさん! 現場へ急行し、他の冒険者たちが到着するまで標的をその場に抑え込んでください! 私は即座に町中に警告を発し、討伐部隊の招集をかけます!」


「了解した!」


「分かりました、行ってきます!」


 一気に緊迫した空気がギルド内を支配する。


 私はケビンさんと共に、弾かれたように冒険者ギルドを飛び出した。


 正面の広場に出ると、そこにはすでに武器を構えて待機していたセリアさんの姿があった。


 彼女は私の姿を見るなり、迷うことなくその細い背中をこちらに向け、鋭く言い放った。


「アストラさん、乗って! 急ぐから!」


「えっ、でもセリアさん、さっきの訓練で体力が――」


「いいから早く! あなたの足じゃ走れないでしょ! 私の脚力を信じて!」


 そうだ。私の足はさっきの靴擦れと捻挫でボロボロのままだ。


 痛覚がないから走ろうと思えば走れるかもしれないけれど、今ここで無理をすれば、戦地に着く前に本当に足が壊れてしまう。


「……お願いします!」


 私は覚悟を決め、セリアさんの背中に飛び乗ってその首に腕を回した。


 感覚のない私の体を落とさないよう、セリアさんは私の太ももをガシッと力強くホールドする。


「よし、行くよケビン!」


「ああ、遅れるなよ!」


 夕闇が迫りつつあるラストスタンドの街道を、ケビンさんと、私を背負ったセリアさんが猛然と駆け出していく。


 背中から伝わる、セリアさんの激しい鼓動と、風を切る圧倒的な速度。


 つい数時間前に訓練場で培った、私たちの連携を試す時が、思ったよりも早く来てしまった。


 私は背中のホルスターにある白杖に手をかけ、白黒の混ざる視界の先、不穏な雷雲が渦巻き始めたあの山を、真っ直ぐに見据えた。



 山の中腹、視界が開けた荒地に到着した私たちは、異様な熱気と立ち込める土煙を前に足を止めた。


​ セリアさんの背中から降りた私は、片目の視界を細めながら慎重に提案する。


​「まずは、あの中にいるのが本当にアンダードラゴンなのか、姿を確認したほうが……」


​「いや」


​ ケビンさんが、鼻をひくつかせながら私の言葉を鋭く遮った。


​「この肌を焦がすような焼け付く匂い……アンダードラゴンで間違いない。アストラさん、必ず俺の後ろにいてくれよ」


​ 普段の温厚な彼からは想像もつかないほど、一際真剣で低く響く声だった。彼の手は、すでに背中の剣の柄を固く握りしめている。


​「どうする、ケビン?」


​ セリアさんも腰の長剣を引き抜き、周囲の気配を探りながら緊迫した声を上げた。


​「周りの魔獣たちも、やつの影響ですごく興奮してる。本来なら、数パーティで移動して相手にする規模だよ? 討伐部隊が到着するまでは、気配を消して待つ?」


​ その提案は、安全を第一に考えるなら決して間違っていない。しかし、ケビンさんは力強く首を横に振った。


​「いや、アンダードラゴンがこのまま地上に出て暴れ回ったら、どんな損害が出るか分からない。……俺が奴のヘイトを持つ。アストラさんは俺の後ろから援護攻撃、セリアは雑魚どものヘイトを取りながら時間稼ぎだ」


​「ケビンさん……!」


​「行くぞ……!」


​ その言葉と共に、ケビンさんは猛然と飛び出した。


 土煙の奥でうねる巨大な影に向かって走りながら、地面に落ちていた手頃な石を拾い上げ、全力で投げつける。


​「こっちだ!!」


​ 彼の張り裂けるような叫び声が響き、石が巨大な鱗に弾かれる音が聞こえた直後――空気を震わせるような、恐ろしい咆哮が山に木霊した。


​「了解……!」


​ 死地へと飛び込んでいくケビンさんの背中を見送りながら、セリアさんが短く応じる。


 彼女の視線の先には、アンダードラゴンの熱気にあてられて興奮状態に陥り、麓の村――ラストスタンドの町の方角へ向かおうとしている、ゴブリンのような雑魚魔獣の群れがいた。


​「町には絶対に行かせない! ――『小さき炎よ、荒れ狂え』!」


​ 素早い詠唱と共に、セリアさんの指先からいくつもの小さな炎の球が生成される。


 その小さな炎は、魔獣の群れの足元へと次々と飛んでいった。

​ 

 恐らく気を引くための魔法なのだろう。小気味良い破裂音と共に炎が弾け、熱と光に驚いたゴブリンたちが奇声を上げて一斉にセリアさんへと振り向いた。


「……私も、やらないと!」


 私も覚悟を決めて、魔法の詠唱の準備に入った。

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