第28話 王の凱旋
インターホンのモニターに映るスーツ姿の男の姿に、一度ヒュッと息を呑んだ千秋は、慌ててリビングを飛び出る。
わざわざインターホンを押してきたくせに、千秋が玄関ホールに出ると男はすでにそこに立っていた。
この家に鍵を掛ける習慣がないことを、よく知っているのだ。
「……週末って、言ってなかった……?」
「うん?」
千秋が震える声でかけた質問に、玄関に立つ男は、まるで彫刻のように凛と整った彫りの深い鼻先を千秋に向け、甘くとぼけた。
声こそは甘いが、ただ立っているだけで玄関の空気を張り詰めさせるその存在感は、この状況がまるで『王の凱旋』であるかのように思わせる。
「いや、うん?じゃなくて……
……パパ」
千秋が静かにそう呼びかけると、王……高嶺誠二は、周辺の空気をふわりと弛ませ、静かに微笑んだ。
「この国にお前がいると分かっているのに
すぐに会いに来ないようなやつはただの愚か者だ」
「週末に来るって言ってたのに、金曜に来る人もそこそこ愚か者じゃないかな……」
早い来訪に戸惑う千秋がそう言うと、誠二はふっと鼻で軽く笑ってから、大理石の玄関に黒く磨かれた革靴の爪先を叩きつけて一歩前に身を乗り出した。
玄関のシャンデリアが、そんな誠二のチャコールグレーのスーツに控えめな艶を帯びさせる。
「……ただいま。
そしておかえり、秋ちゃん」
父、誠二は相変わらず人の話を聞かない。
誠二はそう言って、千秋の手を取り指先にちゅ、とキスをした。
***
リビングに残された俊介は、廊下から聞こえる声を聞きながら1人静かに冷や汗をかいていた。
……千秋の親父さんか、一度会ってみたいなぁ、と確かにぼんやりとは思っていた。
ただ、隣の高校生でしかない自分が千秋の父親に会う理由を見つけられず、俊介は悩んでいたのだ。
いきなり対面は聞いていない。
カリカリとまだわずかに残るセロテープの端を引っ掻く指のスピードは焦りでさらに早くなった。
かすかに、玄関の床を硬い靴底が叩きつける音がする。
俊介は思わず喉を鳴らして口内の唾液を飲み込み、神妙な面持ちで玄関の方へと目線を向けた。
一瞬、今のうちにそこの出窓から脱走をはかろうかとまで考えたが、出窓のトゲ太郎が『それはだめ』だと言っている。
『お父さんに会って、俊ちゃんもそろそろ自分の気持ちに覚悟を決めたら?』
初めて2人で出掛けた先で、千秋が選んで買ったサボテンが、膨らんだ蕾を得意げに見せつけながら、自分にそう声をかけてきている気がした。
ふと、ピアノの上に目を向けると、ハリセンボンのぬいぐるみ、とげ丸もじっと俊介を見ている。
その視線は、俊介を捉えて離さない。
修学旅行のあの日、土産売り場でこの目と目が合った瞬間、どうしても千秋にも見せたくなって友人達にそんなものを買うのかと揶揄われる中、レジに連れて行ったことを思い出す。
またあの笑顔が、見られる気がしたのだ。
「…………」
——俊介は覚悟を決めた。
親父さんに会おう。
会って、千秋のことをもっと知って、ふるさと祭りまでには、ちゃんと……
俊介がそう心に決めた瞬間
「それにしても、この家はまるで変わらないな!」
と、両開きのリビングドアが両手で勢いよく押し開かれ、威風堂々とした態度で胸を張った男がリビングに入ってきた。
あのドアをあんな風に両側から開けて中に入ってきた人間を見たのは、これが初めてだった。
ドアの隅に投げ置いてあった俊介の高校の指定鞄が勢いよく開かれたドアに押されるようにしてドサリと倒れる。
「あ……そんな邪魔になるとこに、すんません……」
千秋の父親に対する俊介の第一声は、残念ながら覚悟の重さの割には、酷く情けないものとなった。
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