DAY7
わたしの彼は、嘘をつかない。
正確には、つけない。
だから、今日もきっと、言っていることは本当なんだと思う。
「ねえ」
朝、ベッドの端に座りながら声をかける。
「起きてる?」
「うん」
少しだけ間があってからの返事。
「今日さ」
「うん」
「どうする?」
なんとなく聞いてみる。
いつもみたいに。
彼は少しだけ考える。
「……どうする、って?」
「今日のことだよ」
「ああ」
小さく頷く。
「一緒にいる」
「それだけ?」
「うん」
それで十分だと思った。
いつもと同じ。
それが一番落ち着く。
「ねえ」
「うん」
「出かけるって話、してたよね」
軽く言う。
彼は少しだけ間を置いた。
「うん」
「どうする?」
「……どっちでもいい」
少しだけ遅れて返ってくる。
「じゃあ今日はいいや」
わたしは軽く笑う。
「無理しなくていいし」
彼は何も言わなかった。
ただ、小さく頷いた気がする。
少しだけ静かな時間が流れる。
時計の音が、やけに大きく聞こえる。
「ねえ」
ふと思って言う。
「いつもさ、わたしばっかり聞いてるよね」
彼は何も言わない。
ただ、こちらを見ている。
「ごめんね」
なんとなく、そう言ってみる。
「別にいいけど」
小さな返事。
それで終わるはずだった。
「たまにはさ」
言いかけて、少し止まる。
「……」
彼は何も言わない。
ただ、待っている。
「その」
言葉がうまく出てこない。
変な感じがした。
いつもなら、こんなことで止まらないのに。
「……やっぱいいや」
そう言いかける。
でも、
「いや」
小さく息を吐く。
「たまにはさ」
もう一度だけ言い直す。
「あなたからも聞いてよ」
軽く言ったつもりだった。
でも、少しだけ声が固かった。
彼は、すぐには答えなかった。
視線を落としたまま、動かない。
「……」
長い沈黙。
時計の音だけが響いている。
「無理ならいいけど」
思わずそう付け足す。
その瞬間、彼の肩がほんの少しだけ動いた。
「質問……」
小さく呟く。
それだけで、また止まる。
「うん」
わたしは軽く答える。
「なんでもいいよ」
彼は、顔を上げなかった。
少しだけ呼吸が浅くなる。
「……」
また沈黙。
何かを選んでいるみたいだった。
言葉を。
「……あの」
小さく口を開く。
でも、すぐに閉じる。
「ごめん」
「え?」
思わず聞き返す。
「なにが?」
彼は、少しだけ首を振る。
「……なんでもない」
そう言って、また黙る。
さっきよりも長い沈黙。
空気が、少しだけ重くなる。
「ほんとになんでもいいよ」
わたしは笑ってみせる。
「そんな考えなくていいって」
彼は、それでも動かない。
「……」
そのまま、しばらくして——
やっと、口を開く。
「……じゃあ」
声が、少しだけかすれていた。
ほんの少しの間。
「あなたは、誰ですか?」
一瞬、意味が分からなかった。
「え?」
思わず聞き返す。
彼は何も言わない。
ただ、こちらを見ている。
「なにそれ」
少しだけ笑う。
冗談だと思ったから。
でも、彼の顔は変わらない。
「わたしだよ」
そう答える。
当たり前みたいに。
少しだけ、間があった。
彼は、瞬きもせずにこちらを見たまま、
「……それは、名前?」
小さな声でそう言った。
「うん?」
わたしは少しだけ首をかしげる。
「名前じゃなくても、わたしはわたしでしょ」
軽く言う。
深く考えることでもない。
彼は、ほんの少しだけ視線を落とした。
それから、またこちらを見る。
「……違うと思う」
その声は、さっきよりも弱かった。
わたしは少しだけ笑う。
「なにが?」
彼はすぐには答えなかった。
口を開きかけて、閉じる。
そのまま、ほんのわずかに体が引いた。
気のせいかもしれないくらいの動き。
「……うまく言えない」
そう言って、視線を外す。
「ねえ」
わたしは気にせず続ける。
「難しく考えすぎだよ」
手を伸ばす。
彼の手に触れる。
その瞬間、ほんの一瞬だけ——
彼の指が強くこわばった。
それが、さっきよりはっきり分かった。
でも、すぐに動かなくなる。
わたしは気にしない。
そのまま、やさしく包む。
「大丈夫だよ」
ゆっくり言う。
「ちゃんと一緒にいるんだから」
彼は、何も言わなかった。
でも、少しだけ呼吸が浅くなったままだった。
それでも、手は引かなかった。
引けなかったのかもしれない。
「ほら」
わたしはそのまま続ける。
「こうしてるでしょ?」
軽く握る。
逃げないように、じゃなくて、
ただ、そうしただけ。
「だから大丈夫」
彼は、何も言わなかった。
ただ、こちらを見ていた。
その目が、少しだけ揺れていた。
わたしは、それでもいいと思った。
ちゃんとここにいるし、
ちゃんと一緒にいる。
それ以上、何を確認する必要があるんだろう。
時計の音が、静かに響いている。
少しだけ、長く感じた。
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