第四幕 余韻
「ふーむ。」
キープはミラを見つけるまでのいきさつをパンから聞いたとき、少し顔を曇らせ考え込むような表情をした。念のため、風猫に簡易的な魔法をかけて検査をしたが、外傷も内傷も見当たらなかった。
キープとパンは、ハイタに風猫を見つけてくれたお礼を言われ、そのまま家への帰路についた。
歩きながら、日中の騒がしい村の様子を眺める。暖かい気温はこの生活に活気を生んでいた。
「そうだ、パンが入り込んだ遺跡だらけの世界、気温はどうだった?」
「気温…ですか?すこし肌寒いと感じました。」
「ほぉそうか。いや、もし強制転移魔法なんかでパトリオン国以外の場所につれていかれたのなら、そこの気温で少し推測できないかとも思ったが。どうやらこの周辺ではないらしいな。」
キープは帽子にかけてあるゴーグルをいじる。片側に埋め込まれている魔法石が日の光を反射させる。
「そもそも現実に存在する場所なのか、否か。万有の森付近に特異な空間でもあるのか…。街の住人も気軽に足を踏み入れられる場所なだけに、少し気がかりだね。」
日が傾き始める。道を行く人々、家の掃除をする者や、店で果実を売っている人、道端で遊ぶ子供、その近くには肉屋と品屋。背の高い建物が少ない分、道のどこからでも美しい空を眺められた。
カーストラ街の住民のほとんどは、キープにとっては一度は顔を合わせた知り合いだった。そのため声をかけてくる人は老若男女ともども一定数いた。
「キープ!また冒険談聞かせて!」
「すこぉしまってな、またみんなが集まったらとっておきの話を聞かせてあげよう!」
「よぉ!キープさん!前回治してくれた水生ホースのおかげで、だいぶ時間に余裕ができたよ!こんどうちに来なっ!自慢の花を一本サービスするよ。」
「おぉ、また我が家が派手になってしまうな!」
パンはその様子を傍らで静かに見つめていた。
さらに歩くと、無数の色を宿すランプを並べた店が、昼間にもかかわらずあたりを照らしていた。白銀の灯がパンの目にとまる。その色は遺跡での出来事をパンに思い出させた。あの少年は何者だったのか。あの生き物はいったい…。そんな疑問がパンの頭の中に残っていた。
パンの考え込んだ表情を横目に、キープが口を開く。
「マナ生命体、いつからか世界に出現するようになった異変種。奴らがどのように生まれ、なんのために生きているのか。その一切が謎に包まれている。見た目は動物の姿だが、その異様な生態と能力は実物を見たパンならわかるだろう。特殊なマナが彼らの体に流れているから、操る魔法の属性ごとに体が光を帯びている。つまり、彼らも他の動物たちと同様に魔法を扱う。少なくとも、生き物ではあるようだ。」
「魔法…じゃあ、あの時の突風はマナ生命体が使った魔法の力…」
パンのつぶやきにキープが納得したように返す。
「突風…なるほど、風か。つまりあやつの扱う魔法は風を司る力だな。風のマナ生命体と言い換えても良い。私も冒険の旅路で何度か目にしたことがあるが、彼らの多くは大きさも他の動物たちと変わらん。だから、パンが今日遭遇したような大きい個体は見たことがない。珍しい個体だな。」
周囲の人通りが少なくなってきた。小さな家がまばらに点在している。
「鹿の形をしたマナ生命体…か。話を聞く限り、完全な撃退はできていないみたいだね。瀕死にまで追い込んでいたなら、体内に刻まれている内なる魔法が発動するからな。」
「内なる魔法?」
「お、そうか。パンにはまだ話していなかったか。そうだなぁ、今日はまだ時間もある…。今日の魔法の勉強は内なる魔法についてだ!その特別な魔法について身をもって教えてあげるよ。」
「身をもって?」
「そう。身をもってね。」
キープの不気味な笑顔。
「それにしても…マナ生命体を退けた少年、何者なのだろうか。マナ生命体は危険な存在だ。自分の身も危うくなるかもしれないのに、パンを助けるために魔法を使い立ち向かった。だれでもできることではない。会ったらしっかりと礼を言わないとな。」
いつの間にか二人は、自然店の目の前まで来ていた。パンの脳裏に、今日の朝起きた出来事がよみがえる。母を救うために危険を犯した少年、マナ生命体からパンを守った少年。パンの疑問は、いまだに胸の奥でくすぶり続けていた。
少しして、パンとキープは街の北はずれにある古い店にたどり着いた。二階建てのその建物は、年季の入った木材と植物で作られていた。周囲が木々で囲まれているためか緑のコケとツタが壁を覆い、それは曲がりくねった形をした煙突まで伸びている。丸い小窓がいくつかついているが霞んでおり、外から中の様子はよく見えなかった。周囲に街の人や家はほとんどなかった。
「聞いたことあるかもしれないけど、ここは昔からある魔法薬店。ほとんどの魔法薬を扱っているし、なんならこの店にしか売っていない代物だってある。」
古い木で作られた玄関扉に続く雑草の伸びた階段を上る。
「ここを仕切っている女性が魔法薬の調合を行っているんだが、それだけじゃないんだ。案外、いろいろな頼み事を引き受けてくれてね。信頼のおける友人なんだ。ただ、少し意地悪いから気をつけな?」
「あの…その人が内なる魔法について教えてくれる…ってことですか?」
足の踏み場を何とか探しながらキープについていくパン。
「ふふんっ。とりあえず、ほしい魔法薬があるので買います!」
キープにつられてパンも家の中に入った。パンはこれまでのキープと依頼をこなす中で、何度かこの建物を見かけることがあったが、中に入るのは今回が初めてだった。
店内の壁には、視界いっぱいにガラスの瓶やフラスコが置かれていた。ガラスの中には様々な色の液体がうごめいており、いくつかの瓶は紫や青の煙を発生させている。煙はすぐに空気に馴染み消え去るため、店内が煙霧に覆われることはなかった。室内は天井につるされたいくつかのランプが、外観からは想像できないほど綺麗に整頓されている内装を照らし出す。いくつかの机と椅子が置かれているスペースと、その奥にはカウンターに腰かけた一人の女性がいた。
その女性は、まるで棚に陳列されている魔法薬のように、得体のしれない雰囲気を纏っていた。長い茶髪に肩幅ほどの長さのつばを持つ黒と深緑のとんがり帽子をかぶり、その先端は折れ曲がっている。丸眼鏡の奥から翠緑の瞳が覗いている。胴体には帽子と同じ色合いのマントを羽織っており、ところどころに細かい銀と紫の装飾がついていた。
店内には、キープとパン、そして分厚い本を読んでいるその女性の他には誰もいなかった。
「どうもーっ!元気にやってるかい?メラン。」
メランと呼ばれたその女性は顔をあげ、キープたちのもとに歩いてきた。パンよりも頭一つ分高い身長。彼女の手には、いつのまにか長い杖が握られており、杖の先端には瞳と同じ色の魔法石が埋め込まれていた。
「あれ…キープ?最近はよく来るね。……この子は?」
椅子から立ち上がり、物珍しそうな顔でパンをのぞき込むメラン。
「あ、あぁ…名前はパン。半星年前からこの村で生活している私の弟子だ!」
「弟子なんですか?私。」
「ああ。弟子だ!ん?弟子だろう?」
キープのかたくなな表情に無表情で返すパン。
それからキープはいくつかの魔法薬と冒険に使う素材を購入した。その間にパンは店内を見て回った。キープの家と同じ木造の建物。木が醸し出す自然の匂いが店内に充満していた。メランとキープは少し話した。内容はキープの聞いたことのある冒険談と、メランが新しく見つけた魔法薬の話だった。
一通り会計が済むと、キープがメランに向き直った。
「まぁ…それはそれとして。メラン、実はパンには見せたいものがあって、ここに来たんだ。」
メランは途端に意地の悪い、何か探るような表情になり、パンに顔を近づける。
「それでぇ?キープはお弟子ちゃんに何を見せたいのー?」
揺れるランプの光。
「内なる魔法。」
メランは一瞬目をぱちくりさせたが、すぐにくすっと笑い、カウンター台の奥にある真っ暗な部屋へと消えていった。少しすると、複数の紙に包まれた粉末と空のフラスコ、そして水の入った瓶が、メランの周りを浮遊しながら現れた。それらは近くのカウンターの上に、それぞれ整頓されて置かれた。
「さ、始めようかっ。」
そよ風が半分開けた窓から吹いてくる。しかし台の上にある4種類の粉末は不自然すぎるほどに微動だにしない。
「内なる魔法。その者ともっとも強く結びついた魔法。それはその命が経験した物事や感情によって決まる。言い換えれば、最も記憶に刻まれた魔法。」
棚に飾られた魔法薬がまるでパンの心臓の音のようにドクドクと波打つ。パンは息を凝らしながら台に近づいた。
「ではキープ。この台の上にある材料を魔法で合成してみて?」
「むむ、この手の魔法は得意ではないが…いくぞ。」
キープは息を深く吸い、呪文を唱え始める。
「星刑の雫が行く先に私は眠る・境界靡かせ目覚めの時」
暖かい風と冷たい霧―――
瓶から水が飛び出し、小さな球体を作り浮かぶ。風に吹き上げられたかのように空中を舞う4種類の粉は、水の球体と一つになる。様々な色が球体の表面を駆け巡り、その混合物はそのまま空のフラスコの中に入っていった。
「わぁ…」
パンにとって初めて見る魔法。フラスコの中にある液体に視線を移すと、それは濃い紫をしていた。小さな湯気がガラス容器から立ち昇る。
キープの荒い息遣いが聞こえる。すこしの沈黙のあと…
「魔法薬の完成!」
メランの言葉にはっと我に返るパン。キープはゼェハァ言いながら愚痴をこぼす。
「ってか!なに作らせてるんだよメラン!この薬って…」
「塵解薬(じんかいやく)だ。この液体をかけられた物体は塵となる。その物質の分子構造は変えずに。キープはよく知ってるけど、パンには少し馴染みがないかな?例えば…」
そういうとメランは、先ほどキープが合成した魔法薬を空になった瓶にかけた。すると徐々に瓶が崩れていき、ガラスの塵となった。
「合成魔法は何を作るかによって消費する魔力量が全く異なる。特に今回キープに作らせた魔法薬は強力な効果をもつ。よって、キープの魔力のほとんどを消費しなければ作れない代物だったってわけさ。しかも、それでもこの薬は完全とは言えない。ガラスの小さな瓶を分解することぐらいわけないが…より硬度が高く、より大きく魔力を持つ物に対しては、十分な効果を発揮できないだろう。」
パンは台の上にあるガラスの塵をまじまじと見る。
「これが内なる魔法…?」
「いやいや、これは単なる平凡な魔法だよ。」
「平凡な魔法!?」
椅子に座って呼吸を整えていたキープから、不満の声が発せられる。
「これから私が見せる力が、魔法の真の姿。『内なる魔法』だよ。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます