【三】 決意

 

「おれは、カナンを出たい。できれば……アルミナも一緒に」


 そう伝えると、アルミナは目をパチパチさせて「うん、わかった」と笑顔で頷いた。

 クーリはその軽い返事に若干不安を覚えた。

 こいつ、本当にわかってんのか、と。


 ……いや、別にアルミナの能力を疑っているわけではない。

 AIは嘘をつかない。見栄を張ることもない。だから、アルミナが脱出できると言うならできるのだ、おそらくは。


 クーリはアンドロイドの性能に詳しくないけれど、実際アルミナは優秀だと思う。

 無人惑星のサバイバルは、彼女なしでは絶対に立ち行かなかった。クーリはようやく食べられる木の実を判別できるようになったところなので、自分とは比べるべくもない。


 なのに不安を覚えてしまうのは、彼女が人間ではなくAIであるがゆえに、人とは感覚がずれているからだろう。

 ……クーリはもう、アルミナをただのアンドロイドとは思えなくなってきているのに。


 うだうだ考えていると、クーリの心の内を一切知らないアルミナは、「じゃあ、明日からプラントに行ってくるね!」と元気に宣言した。


「プラント……?」

「うん。〈ヴァイリール〉避けのために、固い岩盤を掘ってつくった宇宙船プラントがあってね。今もそこは無事。残ってる資材集めたら、小型宇宙船の一つや二つ、つくれると思うよー」

「へえ、おれも行ってみたい」

「そうだねえ……最初の一回と、本当に出発する時の二回だけだったらいいかなあ」


 少し考えてから、アルミナはクーリにそう言った。表情はいつもののんびりしたものだが、声は少しだけ苦い。


「プラントを動かすと、〈ヴァイリール〉が寄って来ちゃうからねえ。毎回クーリを連れてくのは危険だと思う。でも、二回だけなら、まあ……」

「……そんなに危険なのか。じゃあ宇宙船はいい」


 自分が無理を言ったせいで、アルミナが〈ヴァイリール〉に喰われたら……と想像すると、とてもじゃないが耐えられなかった。

 渋るクーリに、今度はアルミナが「大丈夫だよ」と言い聞かせる番だった。


「クーリは脱出したいんだよね?あたしに任せてー!」

「……でも危ないんだろ」

「あたしは大丈夫。この星にたった一人、クーリを置き去りにはしないよ」


 ニコニコしているが、断固とした言い様に、クーリは渋々「わかった、頼む」と頷いたのだった。



 ◇◇◇



 翌朝。


「よし、出発ー!」

「お、おう」


 宇宙船建造の初日となる今日は、昨日話した通り、二人で地下プラントに向かうことになった。

 クーリも構造や場所を知ってた方がいい、とアルミナが主張したからだ。しかし、


「…………っ」


 景色が飛ぶように後ろに流れていく。

 今、クーリはアルミナの背中に背負われていた。この方が早いから、という理由で。

 自分より背の低いアルミナにおぶわれるのは情けないにも程があるが、この方が〈ヴァイリール〉にも対処しやすいと言われては、受け入れるしかない。


 実際、途中で何匹か〈ヴァイリール〉に遭遇した。大型犬くらいのそれを、アルミナはクーリを背負ったまま難なく倒していた。


「あれくらいの大きさだと雑魚だから、楽勝ー!」


 ボコボコにした〈ヴァイリール〉の残骸の前で、彼女は快活に笑っていた。確かに、都市にいた奴と比較すると、象と蟻くらいの差はある。

 大きなトラブルもなく、二人は森が途切れた先の崖までやってきた。


「プラントは、あの辺!」


 彼女が指差した先は──だだっ広い荒野だった。

 砂を含んだ風が、うねるように荒涼とした大地を吹き抜けていく。どこまでも続く赤茶けた地面のあちこちから、巨人のような岩山が突き出していた。


「……何もないな」

「そりゃそーだよ、地下施設だし」


 アルミナはのんびり言うと、おんぶしているクーリに「しっかり掴まってね」と告げ──思いっきり崖の先端を蹴った。


「っ、ぎゃぁぁあああぁーーーっ!」


 クーリの悲鳴が尾を引いていく。

 崖下数十メートルのダイブ。内蔵が浮くような感覚に、心臓が縮む。

 数十メートルの落下中──クーリは生きた心地がしなかった。だが、アルミナはいつもののほほんとした顔で、難なく着地した。


「っ、おい、飛び降りる前に言えって……!」

「あー……ごめんね」


 少女は一応謝罪した。でも顔が笑っている。全然悪いと思ってなさそうだ。クーリはつい半目になった。

 崖下は森というより林だった。

 木や下草がまばらに生えている。アルミナは数メートル先に進んでから、背中の少年を振り返った。


「クーリ、下りて」

「あ、ああ」


 クーリを背中から下ろして、アルミナはその辺をうろうろする。ガサガサと茂みを覗き込み、地面の落ち葉を払いのけ、そして。


「たしかこの辺……あ、あったー!」


 地面に埋め込まれた円形の石。ざらりとした平らな表面に、一ヶ所だけ窪みがあった。

 アルミナが屈んでその窪みに触れると、ゴゴゴ……と石が二つに分かれ、薄暗い地下道が出現した。

 手前には階段があり、その奥にぽっかりとトンネルが顔を覗かせている。


「〈ヴァイリール〉が食べないように、入口は天然成分に近い石と、アナログの仕掛けでできてるんだよ」


 説明したアルミナは「さ、いこっかー」とクーリを促す。クーリが入ると自分も中に入って、内側の壁の窪みを押し、石の扉を閉じた。

 アルミナが手元に光を灯す。

 それを頼りに、二人はトンネルを奥へ奥へと進んだ。そして三十分ほど歩くと、金属製の扉に行き当たった。


「ここだよー」


 少女の呑気な声がトンネルに響く。

 彼らはどうやらプラントに到着したらしい。


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