6章 誓約

6-1. 告白

とうとう、この日が来た。


朝一番。

まだ空気が冷たい時間に、

僕は小屋の前に立っていた。


手が、震えている。


ああ、緊張する。

手がじっとりと湿って、

何度も服で拭いた。


―――大丈夫。

―――大丈夫、大丈夫。


自分に何度も言い聞かせた。


そして。


僕は意を決して、

扉に手をかけた。


ギィ、と小さな音。

中に入る。


兄さんは、いつも通りそこにいた。

椅子に座って、

目を閉じていた。


朝の光が、窓から差し込んで、

兄さんの髪と頬を淡く照らしていた。


息を、呑む。


……きれいだ。


ほんとうに、

人じゃないみたいだ。


おとぎ話にでてくる

妖精なんじゃないかってくらい美しい。


ゆっくりと、兄さんの瞼が開く。


黄金色の瞳が、

まっすぐ僕を見た。


その視線に、

心臓が、ドキリと跳ねる。


――だって

今から、僕は。


一歩、近づく。


兄さんの前に向き直る。


落ち着いて、僕ならきっとできる。

呼吸を落ち着けようとする。


「……ねぇ、兄さん」


声が、少しだけ震えた。

でも、穏やかで、優しい声を意識する。


「僕ね」


一度、大きく息を吸う。


「今日、大人になったよ」


兄さんは、

何も言わず、僕を見ている。


もう、引き返せない。


「この小屋に来たとき」

「”一緒に大きくなろう”って、言ったよね」


覚えてる?


問いかけるように、

少しだけ首を傾けた。


返事は、なかった。


でも、いい。


僕は、その場に跪いた。


膝が床に触れる。

ひんやりとした感触。


手を、差し出す。


「結婚しよう。兄さん」


僕の差し出した手には、

指輪が握られている。


何度も、何度も見て、一生懸命選んだ。


最終的に、どこか見覚えがあって、

なぜか、少しだけ懐かしいこの指輪にした。


兄さんは、その指輪を見つめていた。


……静かだ。


音が、消える。


自分の心臓の音だけが、


やけに大きい。


どくん。


どくん。


どくん。


この時が永遠のように感じられた。


――お願い


――お願い、お願い


僕は兄さんを見つめた。


視線が合う。

僕は、逸らさなかった。


そして――


「……うん」


ほんの小さな声。

でも、確かに。


兄さんが、頷いた。


世界が、一瞬で色づく。


「ほんと?」


思わず、声が弾む。


「ほんとに?」


胸の奥が、一気にほどける。


――ああ、よかった。

本当に、よかった。


僕は飛び跳ねそうになった。


でも、兄さんの静かな様子を見て、

……跳ねそうになる足を、必死に押さえた。


子供みたいに見えたくない。

だって、僕はもう、大人だから。


僕は落ち着いて、ゆっくりと立ち上がる。


そして、兄さんの手をとった。


細くて白い。


その薬指に、指輪を通した。


するり、と。

ぴたりとはまった。


顔を上げて、兄さんの顔を見る。


兄さんは、静かに涙を流していた。


声もなく。

ただ、涙だけが落ちていく。


その涙が、朝の光を受けて、

きらきらと光る。


……きれいだ。


胸が、締めつけられる。


「兄さん」


いや。


「…ルイーズ」


名前を呼ぶ。

もう一度。

確かめるみたいに。


「愛してる」


そのまま、ルイーズを抱きしめる。


腕の中に収まる体は、

驚くほど小さくて軽かった。


温かい。

柔らかい。


優しい匂いがする。

そして、かすかに震えていた。


僕も同じだよ。

幸せすぎて、怖いくらいで。

手がまだ少し震えている。


僕はこの幸せを逃すまいと、

少しだけ、強く抱きしめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る