第39話 希望の火

 一也の涙ながらの告白に、雪彦は驚きすぎて二の句が継げない。

 それでも、なんとか言葉を絞り出して、一也に問い掛ける。


 「……一也、おまえ、あの時、砦跡に来ていたのか?」


 雪彦が疑問に思ったのは、当然だった。

 一也は、雪彦を得るために呼び出したと言う。

 けれど、あの砦跡では、一也はおろか林や木下の姿も見てはいない。


 「うん……。雪彦を驚かせて、それからすぐに姿を見せるつもりだった」

 「それなら、なぜ、俺は、おまえたちを見ていないんだ?」

 「おまえの本気の怒りに、皆、震え上がってしまったんだ。

  あんな炎を使えるなんて、誰も知らなかった。

  もちろん、俺も、出ていく勇気は無くなっていた。

  雪彦、おまえ、今まで手を抜いていたんだな……」

 「訓練や演習で、誰かを怪我させるようなことはしない。

  当たり前だろう? だが、一也、ひとつ間違えているぞ?」

 「ははっ。俺が間違えたのは、ひとつなんかじゃないけどな」

 「そう言うな。己ばかりを責めても、問題の核心には辿り着けない」

 「ふっ。こんな場所に閉じ込められても、その余裕か。

  俺たちが雪彦に敵わないわけだ。

  それで? 俺は、何を間違えていたと言うんだ?」

 「史緒を拐かした振りさえしなければ、俺はあそこまでやらなかった。

  なぜ、史緒の代わりのやつなんか用意した?」

 「雪彦にとって、雪彦のこれからにとって。

  左山史緒は、足手まといになるやつだと知らしめたかった。

  拐われるような弱いやつといることは、おまえにとって得にはならない。

  力こそが全てだ。俺は……戦闘力こそ低いが、左山史緒よりはマシだ。

  それに、俺は、将来、我が藩随一の郷、朱雀の権力を持つ。

  そう分からせたかったんだ……と思う」

 「一也……。それは、朱雀だけの誤った考えだぞ?」

 「え? そんなはずはない。

  我が藩が独立を守ってこられたのは、そう考えてきたからだろう?」

 「確かに朱雀では、そのように教わる。だけどな。

  それは、半分当たってはいるが、半分は間違いなんだ」

 「はぁ? そんなはずはない。

  朱雀は、それで今まで上手くやってきたじゃあないか」

 「そうだな。では、なぜ藩校なんてものがあると思う?

  藩校に入る者は、それぞれの郷で大学まで修了している者。

  それを、わざわざ更に藩校にいかせる訳は?」


 松葉藩では、成人年齢を二十五の年と定めている。

 生まれた時から松葉藩にいる雪彦にとっては、当たり前のことである。

 他藩や外の国では、もう少し早くて、十八や二十というところが多い。

 しかし、松葉藩では、もう長いこと、二十五にしたままであった。

 その訳は、少年鑑別所や少年刑罰院が作られたのと同じ理由だった。

 若者の、良い方向へと変われるはずの力を信じているから。


 そもそも子どもというものは、早く大人になりたがるものである。

 保護者や教師などのくびきから逃れて、自由になりたい。

 己のことは、己で決めて進みたい。

 そう考えることは、子どもの成長の証しである。

 ゆえに、それは間違いではない。

 ただ、子どもたちは分かってはいないのだ。

 大人になるという意味を。


 確かに、子どもには制約が多い。

 しかし、それは守られているということを意味する。

 己の失敗の責めを負わない。

 これが、いかにありがたく、かつあり得ないことなのか。

 多くの者は、そのことには気づかない。

 他藩や外の国では、十代後半から二十代前半までの若者が起こす事件が多い。

 大人と変わらぬほどに育った体に、まだ成熟しきらない頭の中。

 この均衡を上手く取ることが出来ずに、事件は起こる。

 人が頭の中まで成熟しきるのは、二十五才前後だといわれている。


 「だからな、戦国の世が終わると、時の藩主様は成人年齢を引き上げた。

  再び、若者たちを戦場に行かせぬように。

  己らで幾度も失敗をくり返し、そこから学べるように。

  そして、若いうちの失敗は、成人後には引き継がせないようにと」

 「それと藩校と、どういう関わりがあるというんだ?」

 「藩校が作られたのは、他の郷への理解を深めるためだったらしい」

 「はぁ? 理解? むしろ競い合っているじゃないか」

 「そうだな。いつの頃からか、そうなってしまっている。

  本来ならば、藩校生を通じて、全ての郷が親しくなるはずだった」

 「親しく? とても、そんな風には……」

 「正しく藩校制度が機能していない訳のひとつが、朱雀の郷にある」

 「なにっ? 我らの郷のせいだというのか?」

 「せい、というのは少し違う。結果として、そうなったということだ」


 朱雀の郷には、藩から他の郷よりも多くの金が支給されている。

 理由は、単純なものだ。

 外部からの攻撃に備えるための防衛費用。

 内部の平和を守るための治安維持費用。

 それから、燃料資源採掘のための設備維持費用。


 金のかかる仕事を引き受けているから、金も多く分配される。

 ただそれだけだったはずなのに。

 いつの間にか、朱雀の者は、そのことに意味付けをしてしまった。

 金を多く持つ自分たちが、偉いのだと。

 他の郷よりも価値があるのだと。


 そして、他の郷を見下すようになっていく。

 他の郷にしても、そんな朱雀からは距離を置く。

 それは次第に、郷と郷の間の不信へと繋がっていく。


 「そして、藩校の寮も、他の郷の者は立ち入れなくなった。

  元々は、初めて親元から離れて暮らす藩校生が寂しくならぬよう。

  見知った者たちと寝食を共にするだけの意味だったそうだ。

  郷ごとに、寮が分かれているのは」

 「そ、そんな……。一体、いつから?」

 「たかだか、ここ数十年のことらしい」

 「なにっ? それじゃあ、たった数代前までは……」

 「あぁ、藩は、ひとつだった。そうでなければ、他藩に勝てるはずなどない。

  ちょっと考えれば分かることだったのにな……」

 「ゆ、雪彦は、なぜ、そんなことを知っている?」

 「詳しくは言えないが、少し勉強をしてな。

  ……これも、おまえたちが、ここに入れてくれたおかげだ」

 「っ……! すまない、雪彦! 

  俺が、どうにかして、おまえをここから出すからっ!

  本当に、こんな風に。

  おまえを犯罪者みたいにする気なんかなかったんだ……」

 「いいんだ。一也。もういい。謝るな」

 「しかしっ!」

 「俺は、今回のこと。こうなって良かったと思っている」

 「そんなわけっ! 俺のために嘘を言ってくれてるのか?」

 「嘘じゃない。それに、だ。

  おまえの気持ちに応えることは出来ないけれど。

  俺は、今、初めて、一也のこと、幼馴染として好ましく思えるよ」

 「ほ、本当か? 俺を許すと? 幼馴染としては、好ましいと?

  な、なんでだ? 俺は、おまえに好まれるようなことなんて」

 「一也は、藩主様の元に出頭してくれただろう?

  郷長の親族たるおまえの地位なら、俺を捨て置くことも出来たはずだ」

 「それは……、俺のせいで犯罪者になるやつを放っては置けない。

  それに、俺は、雪彦を好きだから、そうしたのであってだな」

 「いいや。おまえは、ここにいるのが俺じゃなくても。

  それが間違いだと思うなら、動いてくれたと思っている。

  それに……。我らが朱雀の郷も、まだまだ捨てたものではない。

  そう分からせてくれたよ、おまえは」


 雪彦がそう思うのは、朱雀の現郷長たる一也の伯父の存在だった。

 朱雀の郷長ならば、甥の不始末を揉み消すことが出来る地位にある。

 けれど、郷長は、それをせずに、一也と共に出頭してくれた。


 (我が藩は、やはり捨てたものではないと思いますよ。准藩主様)


 鑑別所という冷たい檻の中。

 雪彦の心の内には、希望の火が灯っていた。

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