第44話 腹の探り合い。探る前に終わりました。

「さて、吾輩が諸君らに何を伝えたいのか、だ」


セヴァル先生の説明は明確で分かりやすいのだが、いかんせん、喋り方がくどい。


「諸君らが目指すのは上級潜行者である。『野良の潜行者』とは、理由わけが違う。理解できるかね?」


生徒たちをゆっくりと見渡し、セヴァル先生は自らの杖を持ち上げる。


いわゆる短刀タイプの杖ではあるのだが、少しだけゴツい。


「これは三発式魔動機構を仕込んだ魔法杖である。

これが意味するところが分かるかね?」


……知らんがな。


杖自慢かよ?


ピシリとスズが手を上げるが、セヴァル先生は一瞥して、鼻を鳴らした。


「そうだな……リノ君、答えてみたまえ」


自分が当てられると思っていなかったのだろう。


リノは慌てて立ち上がると、しどろもどろになって、それから「分かりません」と肩を落とした。


いや、もう一度言おう!


知らんがな!


「察しの良さも、潜行者としての能力の一つである。もう結構だ、座りなさい」


セヴァル先生――いや、セヴァルは、今度はこちらを見た。


おっしゃ、バシッと言ったれや! スズ!!


かましたれ!!


「アゲハ、貴様はどうか?」


……なんで僕やねん。


ちゅうか、なんで僕は呼び捨てやねん。


横にピシリと手を上げているスズがいるだろうにと横を見れば……いなかった。


ちゃんと手を下ろして、行儀よく膝の上に置き、僕が喋るのを待っている人がいた。


スズである。


まるで、楽しみにしていた演劇を見る前の子どものような、キラキラとした目で僕を見ている。


これは……答えをこっそり聞く雰囲気じゃねーな。


僕は、極めてゆっくり立ち上がった。


急いではいけない。


こういうときはゆっくりだ。


よく考えるのだ。


焦りは禁物である。


焦るとろくなことにならない。


一つ一つ確認して、そして、答えを探すのだ。


生前の僕の知識が、こういうときにこそ役立つ。


腹の探り合いである。


答えは、あの手の中にこそあるはず。


まずは見たまま言えば良いのだ。


そして、相手の反応を手がかりに次の言葉を探すのである。


「先生のそれは、三発式魔動機構を仕込んでいる……。三発式を使えるのは、上級魔導師だけです」


まずは杖の形状だ。


短刀型だが、ゴツい。


恐らくだが、地下閉鎖空間で使うことを加味して、ライフル型を無理やり短刀の形にしているのかもしれない。


しかしだ。


魔導師であるコイツに、三発式は使いこなせない。


つまり、コイツには使えない!


そこに答えがあるはずだ!


潜行者で魔導師すら珍しいのに、上級魔導師などいるはずないからな!


僕はセヴァルの出方を待つ。


次の言葉から、答えを導き出すのだ!!


……。


……。


つか、なんか言えよ!


僕はじっとセヴァルを見据えた。


しばしの沈黙のあと。


セヴァルはため息をついて、


「よろしい。座りなさい」


と言った。


……?


座って良いのか?


なんも、答えてないが。


つか、こいつ、呆れて諦めやがったのか!?


今のため息はそういうことか!?


しかし、僕の思いとは裏腹に、セヴァルは納得したように頷いた。


「忌々しいが……」


ボソリと呟く。


いま、忌々しいつったよな?


可愛い生徒にそんなこと言うか!? おい!


「この英雄の名を持つ生徒、アゲハが言ったように、吾輩は上級魔導師アークウィザードである」


教室がざわついた。


さすが、英雄だなー。


そんなこと言ったんだ。


チラリと横を見れば、スズが小さく拍手していた。


僕はなんも言ってねーぞ。


先生の言葉を復唱しただけだ。


というか、まだ、話の途中だし。


……つか、こいつ、上級アークかよ!?


なんで、そんなヤツが潜行者なんかやってんだよ!


「これが指し示すもの。それはすなわち、諸君らが目指すべきところである」


セヴァルは短刀型の杖をもう一度、軽く掲げた。


「諸君らは卒業までに、最低でも魔導師、或いは上級魔導師になってもらわねばならない」


先ほどと打って変わって、教室は静かになった。


セヴァルの方針というわけではないのだろう。


つまりは、最低でも魔導師になれないと卒業できない。


あるいは、上級潜行者にはなれないということだった。


「不思議そうな顔だな? 魔導師、上級魔導師ほどの力が必要か? そう言いたげだ」


静まり返った教室で、セヴァルは続ける。


「野良が野良として地下へ潜り、死ぬ。

あるいは、運良く戻る。

そんなことはどうでも良い。

吾輩たちが気にかけることですらない」


言い方よ!


言い方が悪すぎる。


校長先生はそっちも問題視して気にかけてたのに。


「だが、諸君らは違う。

野良とは比較にならない。

諸君らは、この学校で上級潜行者として育てられる。

ならば、死ぬことすら許されん」


死ぬことすら許されない。


それは、この男特有の皮肉ではない。


ただの嫌味ではない、妙な実感があった。


「諸君らの未来より、地下の現実が優先される。

ここは、そういう学校である」


教室の空気が、さらに重くなる。


セヴァルは、まるで当然のことを言うように続けた。


「旧政府時代には、蛇狩りには魔導師、あるいは上級魔導師が政府より派遣されていた。

ニーズヘッグ討伐とは本来、それほどの者があたるべき任なのである。

有事には、神聖騎士団が動いた。

あれは神の血を受けた、完成された戦士の一団であった。

諸君らの想像する潜行者とは、そもそも格が違うのだ」


神聖騎士団。


聞き覚えのない言葉だったが、周囲の何人かは息を呑んでいた。


有名なんだろうか?


「人間復興の戦いにより、多くの上級魔導師が失われた。

我らを助ける神の騎士も、もはや存在しない」


セヴァルは、そこで口の端をわずかに歪めた。


「人は人の力をもって、蛇どもを殺さねばならぬ」


何人かの生徒が、不安そうに顔を見合わせる。


「諸君らがその穴を埋めるよりほかないのである」


セヴァルは、杖の先を教卓へ軽く打ちつけた。


乾いた音が教室に響く。


「奴らは人を苗床にする。

倒された者、捕らえられた者、半端に力を持った愚か者どもだ。

それらを巣に連れ帰り、子種を仕込み、新たな蛇を生み出すのだ。

恐ろしいか? 

恐ろしかろう?

お前たちの死は悲惨なものになるだろう。

ただで死ねるなどと考えるな。

奴らは狡猾で、残虐で、享楽的である。

そして、慈悲の心など持たない」


息を呑む音が聞こえた。


どういうことだ?


蛇って寄生虫みたいに増えるのか?


そういえば、カナタも言ってたな。


人間を苗床にするとか。


「生半可な力で深く潜れば、死ぬだけでは済まん。

諸君らの体が、次の災厄を産むのだ。

諸君らの未熟が、より強い蛇を作り出すのだ」


セヴァルは、教室を見渡した。


「地下へ、深部に潜るというならば。

魔導師、上級魔導師以前に……。

強者であれ。

狡猾であれ。

賢くあれ。

高みに尻込みする者は即刻立ち去れ。

少なくとも、死をもって災厄を生み出さぬだけの力がなければ、地下に降りることはこの潜行者養成学校がっこうが許さぬ」


誰も喋らなかった。


「吾輩が諸君らに伝えたかったのは、それだけである」


それだけ、と言うには重すぎる。


けれど、たぶん。


本当に、それだけなのだ。


上級潜行者になるというのは、蛇を狩る者になるということ。


蛇に狩られてはいけない者になるということだった。


「今一度、言おう。

諸君らは卒業までに、魔導師、或いは上級魔導師になってもらう。

それが、上級潜行者、ニーズヘッグを狩る者の最低条件である。

ゆめゆめ忘れるなかれ」


セヴァルの言葉が、静かな教室に重く響いた。

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