第9話 神殿に呼ばれし者

ヨルスタの村を救ってから三日後。

俺とリアは北の山脈を越え、吹きすさぶ寒風の中を歩いていた。

道はなく、岩だらけの山道をひたすら登るだけ。

雪解け水が靴を濡らし、吐く息は白く溶けた。


「さ、寒い……! ねぇカイル、本当にこの先に神殿なんてあるの?」

リアがもふもふの尻尾を丸めながら、震える声で言う。

「あるはずだ。女神エルミナが言っていた。支援の理が最初に降りた神殿が、この北方の峰にあると。」

「でもさっきから何も見えないよ? 白ばっかり!」

「気を抜くな。空気が静かすぎる。嫌な感じだ……」


その瞬間、雪の下が崩れ落ちた。

「リア、離れろ!」

叫ぶ間もなく、足元が崩壊し、俺とリアは雪煙の中へと落下した。


意識を取り戻したとき、そこは洞窟のような空間だった。

天井の岩肌が淡く光り、青い霧が漂っている。

「……ここは?」

「カイル、こっち!」

リアの声がする方を見ると、洞窟の奥に巨大な扉があった。


高さ十メートルはありそうな双扉。刻まれた文様が妖しく輝き、中央には見覚えのある紋章――エルミナの印。

「これが……北の神殿か。」

息をのむ。外は雪山の中、なのにこの場所だけはぬるい風が流れ、生温い生命の気配がある。


リアが扉に近づこうとした瞬間、青白い光の柱が立ち上がった。

空間そのものが震えるような音。

「リア、下がれ!」

俺はとっさに腕を伸ばして彼女を抱き寄せた。


光の柱の中から、透き通る声が響く。

──加護の継承者よ。よくぞここまで辿り着いた。


「この声……エルミナ?」

「いや、違う。もっと古い気配だ。」

空気が変わる。ゆっくりと光が形を成し、古の神官のような姿をした人物が現れた。

白い装束、金の杖。だが顔は無だ。仮面の下に感情がない。


「我は神殿の守護者、アウリア。この地で支援の理を守り続ける者。」

「守護者、ね……何のために?」

「継承者を選ぶためだ。」

アウリアの声は淡々としているが、全身から放たれる魔力は途轍もない。


「試練を受けぬ者に真の支援は渡せぬ。支援とは絆、絆は信頼。だが信頼は容易く壊れる。」

「……つまり、俺を試すってことか。」

「そう。汝の“支援”が真に他者のためか、それとも己のためか。それを見極めよう。」


空間が歪み、地面が消えた。

一瞬の浮遊感のあと、俺とリアは別々の場所に放り出された。


「カイル!?」

リアの声が遠のいていく。


目を開けると、そこは見覚えのある森だった。

陽が差し込み、鳥の声が聞こえる。

「……夢か? いや、違う。試練の結界内か。」


森の前に、懐かしい顔が立っていた。

勇者レオン。その後ろに、ミリア、ジーク、リーナ――かつての仲間たち。

「おいおい、また顔合わせとはな。」

「カイル……お前、まだこんなところをうろついていたのか。」

レオンの声は冷たく、しかしどこか歪んでいた。


「これは“幻”だろ。」

「幻? いや、これは現実だ。お前が見捨てられた現実さ。」

「支援しか取り柄のない無能。俺たちがどれだけ苦しんだか、知らないのか?」

「レオン……」

「お前がいたせいで、仲間が死んだ! あの遺跡で助けられなかったのはお前のせいだ!」


その瞬間、胸が焼けるような痛みを覚えた。

確かに、昔の俺は弱かった。力もなく、守ることもできなかった。

だがその悔しさを胸にここまで来た。それだけは真実だ。


(これは“心”を試す試練……)

俺は剣をゆっくり構える。

「そこに立っているのがお前の闇か、俺の後悔かは知らない。しかし、俺は前に進む。」


レオンが笑った。

「ならば証明してみせろ、支援士!」

轟音。雷が走り、勇者の剣が光る。


一瞬で距離が詰まる。

剣圧が骨を砕くように重い。

「速い……けど、読める!」

俺は加護共鳴を発動し、リアとの絆に意識を集中させた。


瞬間、彼女の声が届く。

──カイル、私ここにいる! 信じて!


光が走る。

リアとの繋がりが眩く輝き、俺の剣に新たな力が宿る。

支援魔法・共鳴極限。

体を包む光が一瞬で闇を貫き、目の前の幻影を打ち消した。


気づけば再び神殿内。

地面には仮面の神官アウリアが佇んでいた。

「試練を超えたな。己の闇を認め、他者との絆を信じた。」

「……リアがいたからだ。」

「そうか。それこそが支援の理。」


アウリアが杖を掲げる。

神殿全体が光に包まれ、壁の紋章が輝いた。

「カイル・レインよ。汝に“神聖支援”の加護を与える。」

胸に眩い光が入り込み、体がしびれる。


────────────

新スキル:神聖支援(ディヴァイン・エイド)

効果:味方全域強化/敵性魔力抑制/精神連結安定

────────────


アウリアの声が静かに続く。

「この力は支援の頂にして、世界の均衡を保つもの。だが、それゆえに敵は多い。忘れるな、闇は常に光の影に潜む。」


光が消えると同時に、リアが駆け寄ってきた。

「カイル! 無事!?」

「ああ。お前の声が導いてくれた。」

リアの目が潤み、嬉しそうに笑う。

「やっぱり、カイルは強い……いや、優しいんだね。」

「強いより優しいほうがいいなら、悪くない評価だな。」


神殿の出口に立ち、冷たい風を感じる。

雪山の空はどこまでも澄んで青かった。


遠く、空の向こうで黒雲が広がっていた。

闇の勢力が動き出している――そう確信できた。

「神殿の試練は終わった。今度は、世界を守る番だ。」

リアが力強く頷く。

「うん! 私たちの旅は、まだ続く!」


(第9話 終)

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