第2話 俺の職業は支援士。つまり雑用扱い
森の中、風がやけに冷たかった。夜明け前の湿った空気の中で、俺は熊型魔獣の死体を前に立ち尽くしていた。
血の匂いが濃い。だが、不思議と嫌悪感よりも静けさが胸を占めていた。
さっきの戦闘──いや、瞬殺と言っていい。
俺はブラッドベアを拳一つで貫き、吹き飛ばした。ステータスを確認すれば、筋力も魔力も以前とは比べものにならない。
“無限拡張支援”。多分、女神エルミナが言っていた“神の加護”ってやつだ。
けれど、いまだに信じられない。
「……支援って、本来こういう意味なのか?」
俺は呟いて、手のひらを見つめる。
もともと“支援士”は仲間の能力を底上げする職。なのに、今の俺はその力を自分自身へ適用できていた。
つまり、支援対象が“自分”でも発動する。理屈上、いくらでも強くなれるってわけだ。
「地味職どころじゃない、反則だな、これ。」
思わず苦笑いが漏れた。
とはいえ、まだ状況は安定していない。レオンたちに追放され、所持金は底をつきかけている。
この力をどう使うかもわからない。迂闊に目立てば、ギルドからも危険者扱いされるだろう。
とりあえず、ブラッドベアの牙を取り出し、袋に詰めた。A級素材だ。王都まで持って行けば大金だが、まずは近くの村に売り払うことにする。
“支援士”の俺が戦えたなんて信じる奴は少ないだろう。説明のしようもない。
歩きながら、頭の中で昔のことを思い出した。
* * *
冒険者になってからの三年間、俺の扱いはずっと同じだった。
「おいカイル、水汲んでこい」「ポーションの仕分け、任せたぞ」「罠解除?いやお前が行け」
戦闘のたびに俺は後方で祈りを捧げていたが、誰も俺が“支援魔法”を発動してるとは思っていなかっただろう。
そもそも、支援効果が発動したのかもわからない。あの頃の俺には制御も感知能力もなかった。
「誰かを強くするために生まれた職業って、結局、見えないんだよな」
自嘲気味に笑って、草をかき分ける。
──ドサッ。
足元から小さな悲鳴が聞こえた。
「ひゃっ……!」
見下ろすと、汚れたマント姿の少女が座り込んでいた。金色の耳がピンと立っている。
獣人族。しかも、年は俺より少し若そうだ。
「だ、大丈夫か?」
「い、痛い……ごめんなさいっ、通り道だなんて知らなくて……」
「道ってほどのもんでもないけどな」
俺は手を差し出した。少女は恐る恐るそれを取る。手のひらが小さく震えている。
よく見ると、右腕に血がにじんでいた。浅い切り傷のようだが、痛みで涙をこぼしている。
「魔物に襲われたのか?」
「……野犬です。でも森の奥に行かないと、食べ物がなくて……」
「食料探してたってことか。」
獣人族は人間の国では差別が根強い。村に住めず、森の外れで暮らす者も多い。
俺は腰の袋から干し肉を取り出して差し出した。
「これ、食えるか?」
「っ……いいの?ありがとう!」
少女は目を輝かせて噛りついた。
しばらくして落ち着いたのか、にっこりと笑った。
「私はリア。獣人族のリア・ファング!ありがとう、お兄さん!」
「カイルだ。気にすんな。」
「カイル……? 変わった名前だね!」
そう言いながらも、彼女は警戒心を完全には解いていないようだった。森で一人暮らすにはそれが普通だ。
そのとき、地面が震えた。
遠くで木が倒れる音がする。何か巨大なものが近づいてくる。
「まずい、また魔物か?」
リアの耳がピクンと動く。
「……違う。人間だ。数は五、いや六……」
「人間?」
次の瞬間、森の奥から鉄の鎧が鳴る音が響いた。
「見つけたぞ、この獣人め! 王都の命令だ、非登録種は捕縛せよ!」
狩猟兵らしき男たちが現れた。手には鎖と槍。
「な、なんで……!」リアが青ざめる。
「おとなしく来い! 抵抗すれば即刻殺す!」
俺は前に立った。
「やめろ。その子は何もしてないだろ。」
「貴様、保護する気か? 人間のくせに!」
リーダー格の男が槍を構える。
俺は深呼吸し、心の中でつぶやいた。
(支援魔法・反射障壁)
淡い光が俺とリアを包む。男たちが放った槍が弾かれ、音を立てて地面に突き刺さった。
「なっ……!?」
「忠告したぞ。帰れ。今ならまだ、命はある。」
「ふざけるな!」
最前列の兵士が突進してきた。その瞬間、俺は軽く指を鳴らした。
(支援魔法・速度上昇/範囲展開)
足元の草が吹き飛び、兵士の動きが止まる。逆に、俺の体は風のように軽くなった。
視界の中で彼らの動きがスローモーションに見える。
拳を軽く突き出すだけで、三人が吹っ飛んだ。鎧が木に当たり、鉄の音が森に響く。
残った二人が震えながら後ずさる。
「こ、こいつ……支援士のはずが……」
俺は苦笑いした。
「支援士ってのは、誰かを助ける職だ。俺が助けたいのは今、あの子だ。」
ひとりの男が仲間を担ぎ、森の奥へ退いていった。
やがて、静寂が戻る。
リアが俺を見上げて呆然としていた。
「カイル……今の、支援魔法?なんで、そんなに強いの……?」
「俺もわからん。たぶん、神様の気まぐれだ。」
冗談めかして答えると、リアは小さく笑った。
「ありがとう。あの人たち、私を捕まえて売る気だった。人の町では、獣人は物扱いだから……」
「知ってる。だから、もう一人で森にいない方がいい。」
「でも、行くところなんて……」
リアの耳がしゅんと下がる。
少し考えてから、俺は口を開いた。
「なら、俺と来るか?旅の途中だし、誰かがいた方が賑やかだ。」
「えっ、いいの!?」
「ただし危険だぞ。これから行く場所は魔物の巣も多い。」
「大丈夫!私、鼻には自信あるし、食材探し得意だよ!」
元気になったリアが笑う。その笑顔は、森の朝日よりまぶしかった。
俺は頷き、進行方向を示した。
「じゃあ決まりだな。とりあえず近くの村を目指そう。腹も減ったし。」
「うん!」
二人で歩き出す。振り返ると、遠くの森で女神の祠が輝いて見えた気がした。
俺は心の中でそっと誓う。
もう誰かに“お前はいらない”なんて言わせはしない。
自分が支援したいと思える仲間のために、この力を使おう。
その始まりが、リアとの出会いだった。
(第2話 終)
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