21話 すれ違い
ぐぅぅぅぅ
小さな部屋に似合わない大きな腹の音が響く。
「......あ、ああ。」
カツ丼に乗ったトロトロの半熟卵が今にも零れてしまいそうだ。
捕まりたくない本能と、カツ丼に抗えない胃袋。
「.....ふぅ...ふぅ...」
「大丈夫?息荒いよ?」
覗き込んでくる黒髪の瞳が、純粋な心配で揺れている。
「……あ! ごめんね、私ったら気が利かなくて。」
そう言うと、カツ丼の上にパラパラと七味唐辛子を振りかけていく。
甘辛い出汁の匂いに、ピリッとした小気味いい刺激臭が加わった。
トロトロの半熟卵、ジューシーなカツ、そして全体を引き締める赤。
ただでさえ破壊力の高かったカツ丼が、目の前で完全体へと進化を遂げてしまった。
「.......え?」
気がつくといつの間にか俺の手にはスプーンが握られていた。
黄金色に輝く卵とカツ、そして出汁の染みた白米をごっそりと掬い上げる。
そして、それを口いっぱいに頬張る。
そんな様子をみづきは嬉しそうに見つめている。
「おいしい?」
口いっぱいに広がる、圧倒的な多幸感。
サクッとした衣にしみ込んだ甘辛い出汁の旨味、それを優しく包み込む卵のまろやかさ、そして七味のピリッとしたアクセント。
その時、はっと気づく。
食べてしまった......
前を向くと黒髪の少女と目が合う。
少女はぱっと表情を明るくした。
「よかったぁ!」
「……」
「全然食べてくれないから、もしかして嫌いなのかと思った。」
「……」
「美味しいならよかった。」
にこにこと笑っている、だが俺は知っている。
これは油断させるための作戦だ、まずカツ丼で警戒心を解く。そして頃合いを見て質問攻めにする。
古今東西、取り調べの基本である。
だか、今目の前にあるのは食いかけのカツ丼......ここまで、か。
「......何が聞きたい。」
◇
「......何が聞きたい。」
「......え?」
口の周りをご飯粒だらけにした少女が真剣な顔で質問をしてきた。
目はこちらを見ているが手はカツ丼をひたすらに口に運んでいる。
「えっと……何が聞きたいって?」
「俺は喋らないぞ。」
「簡単には吐かない、だから無駄だ。」
「……」
私は少女を見つめた。
少女はカツ丼を三分の二ほど平らげている。
「別に目的は無いよ....でもね。貴方のことを助けたいと思ってるの。」
「......え?」
「今までどんな酷い環境にいたのかは知らないけれど、私は貴方の味方だから。」
私は今まで生きてきて、こんなにも光のない目をした子に会ったことがない。
「......嘘言うなよ。」
「いや嘘じゃ__」
「いや嘘だね。俺は信じるぐらいなら人を信じない。」
どれだけの裏切りに遭えば、そんな悲しい言葉がこんなに小さな子の口から出てくるのだろう。
「で、でも!あのおばあちゃんには」
「おばあちゃんとは利害関係が合っているだけだ。」
「......」
......何も言えない。
「頼むから、俺の自由を縛らないでくれ。これからなんだ。」
その言葉の裏にある、彼女がそれまで強いられてきたであろう過酷な運命。
どれほどの間、冷たい檻の中に閉じ込められ、自由を奪われてきたのだろう。
それにあの力......
今は何も分からないだけど、この子が誰も信じられなくなるほど傷付いてきたことだけは分かった。
「……」
私は唇を噛み締める。
この子は、助けを求めていない。
それでも。
「.....ねぇ、自由って何がしたいの?」
その言葉に少女は目を丸くする。
「そ、そりゃ.....一日中ゲームしたり、好きな物食べたり......」
「それ、自由じゃなくて普通の事だよ.....」
きっとこの子にとってはこの普通こそが自由なんだ。
私たちが当たり前だと思っている温かい日常のすべてが、この子にとっては必死に戦って、逃げ出さなければ手に入らないものだったんだ。
「……だったら、約束する」
私は机の上に身を乗り出し、少女の、ご飯粒のついた小さな両手をそっと包み込んだ。
「じゃあ、その普通を一緒に取り戻そう」
◇
「......は?」
こいつは言葉が理解出来ないのか?俺はほっといてくれと言ったんだ。誰も構ってくれとは言っていない。
ギュッと握られた小さな手の温もりに引き気味になりながら、俺は冷や汗を流した。
ゲームしたり、好きなもん食ったりするなんてのは、誰にも邪魔されず一人でダラダラやるから最高に美味いんだ。
「......何も、分かってない!」
俺は、その手を振り払う。
「……っ」
拒絶されるとは思っていなかったのか、みづきは驚いたように目を見開いた。
「これだから嫌なんだ!帰る!カツ丼うまかった!」
そう言って立ち上がる。
「ちょっと待って!」
部屋のノブを回して部屋を出る。
「にゃあ」
ドアの前ではあの茶トラ猫が座っていた。
「行くぞ。」
そう言うと猫は後ろをピッタリと着いてくる。
その時、後ろから声が響く。
「困ったら、また来て。」
「……」
「その時は絶対助けるから。」
何も答えず、そのまま背を向けた。
「行くぞ。」
「にゃあ。」
一人と一匹は歩き出す。
その背中を見送りながら、みづきは小さく拳を握った。
「絶対に諦めないから......。」
_________________
星700ありがとうございます!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます