第20話 私たちの夜

陽子ようこの仮説は分かりました。だけど、会いたい人の部分が、まだ検証されてないような気がしますが、そこはどういった経緯なんですか?」


「うん。勘、かな。」


「勘ですか?」


「なんというか、総合すると勘になっちゃうんだよね。えーと、今まで幽霊を見た人の話しを聞いてみて、月乃つきのはどんな印象を持ってた?」


「そうですね、怖いとか気味が悪いとかはなかったです。泣いてる悲しさとか、単に急に出会って驚いたとかでしょうか。」


「うん。私も似たような感じ。三年生や二年生の知り合いにも聞いてみたんだけど、怖いってよりは、驚いたとかの方が多かったの。けれど、一人だけ、幽霊を本当に怖がっている人がいた。」


 私も一人だけ思い当たる名前を口にする。


「白鳥先輩。」


 陽子ようこ様は話しを引き取って続けてくれる。


「そう。白鳥先輩はとても怖がっていた。ルームメイトの結城さんが心配になるぐらい、体調を崩してもいた。なぜだか考えてみたの。」


 そうだ。白鳥先輩はたしか何度も幽霊を見ているようだった。

 それに、とても怖がってもいたはずだ。


「こう考えてみたの。白鳥先輩が怖がっていたものはなんだろうか。幽霊だよね。じゃあその幽霊の姿はどんなに姿だったの?白鳥先輩が怖がるものについては、先輩と近しいわけじゃないけど、一つだけ、思い当たるものがある。私たちが調べた裏門の事故と、いなくなったルームメイト。もし、ルームメイトの増田ますだ先輩が幽霊のように、何度も白鳥先輩の前に現れて、じっと見つめてきたら。それは、とても恐ろしいと思う。それこそ心労で体調を崩すくらいには。」


 陽子ようこ様が言うように、いなくなったルームメイトが、それもとても近しかったであろう人が、何度も現れて無言で見つめてくるのは、怖い体験だと思う。

 しかし、陽子ようこ様の想像にすぎない。論理的と言うには色々と足りないと思う。


「良く分かりました。たしかに勘ですね。けど、私もその勘は当たってるように感じます。」


 なぜ、何度も見てしまうのか。

 そこは言うまでもなかった。

 会いたかった。

 私の勘も、そう言っていた。


「ひとまず、幽霊を見つけることはできたと思いますが、この後はどうしましょうか。結城ゆうきさんの初めのお願いは、寮のみんなを安心させる事でしたよね。」


「あとは、白鳥しらとり先輩を安心させて欲しいともお願いされていたかな。白鳥しらとり先輩については、今日、増田ますだ先輩にお会いしてきて、色々とお話を聞かせていただいたので、たぶん大丈夫だと思う。さて、寮のみんなに、どうやって安心してもらうかだよね。」


 陽子ようこ様も考えあぐねている。

 これまでの予想が正しいとすると、次のような方法があるだろうか。


 ・視覚遮断装置の撤去。

 ・視覚遮断装置のAIの修正。


 良い案とは思えない。

 視覚遮断装置を直接いじる方法は、大掛かりになりすぎる気がする。

 あとはモニコンの着用を寮内では禁止にする。

 さすがに厳しすぎる規則だし、モニコンの着脱は忘れやすい。

 現に、私も外し忘れた。

 厳しい規則のわりに、得られる安心が小さい気がする。


 そういえば、ミニシスターもAIだと陽子ようこ様が話していた。

 ミニシスターか。

 彼女の力を少しお借りするのはどうだろうか。

 陽子ようこ様に、私の案を伝えてみる。


陽子ようこ、こういうのはどうでしょうか…」


 私の案を元に、陽子ようこ様と解決策を話し合った。

 陽子ようこ様いわく、


「さすが月乃つきの!」


 だそうだが、さすがに持ち上げすぎだと思う。

 とにかく、解決策も整った。

 もう遅い時間なので、結城ゆうきさんと白鳥しらとり先輩には、明日お話しすることにした。

 もう深夜だ。そろそろ寝よう。


 食器を洗って歯を磨いて、二人とも寝る準備を終えて、陽子ようこ様は自分のベッドに向かう。


「それじゃあ、おやすみ月乃つきの。また明日ね。」


 私も自分のベッドへ向かう。

 当然だ。二人の部屋に二つのベッドがあるのだから。

 だけど、ちょっと落ち着かない。

 自分の枕を持って、陽子ようこ様のベッドに近づく。


「その、なんと言いましょうか、今日は、陽子ようこの幽霊なんて見たので、まだ何となく落ち着かなくて。良かったら、もう少し一緒に話しませんか。とてもお疲れとは思いますが。」


 我ながら、しどろもどろで上手に言い訳できていない。

 それでも、陽子ようこ様は優しくベッドの隙間を開けてくれた。

 私が入る、一人分の隙間。


「良いよ。お話し、しよ。」


「ありがとう、ございます。」


 そっと陽子ようこ様の隣に寝転ぶ。

 すぐそこに陽子ようこ様の優しい顔。

 いつもの日常に帰ってきたようで、安心して、陽子ようこ様を労いたかった。


「今日は一日お疲れさまでした。たくさん移動されて、お話しもされたんでしょう?」


 陽子ようこ様は小声で色々と教えてくれた。

 視覚遮断装置の開発者の方には、思っていたよりも、すんなりお話しいただけたそうだ。

 喜花の後ろ盾もあったのだろうが、装置の内容や今後の展望、そもそもの理論など、学術的な討論ができて楽しかったのではないかと、陽子ようこ様は言っていた。


 増田先輩と会うには、まず、今どこに住んでいるかを調べなくてはいけなかった。

 これまた個人情報だとは思うが、こちらも喜花の本家に頼んだらしい。

 こんな短時間で調査してしまえるのだから、少し怖くなる。

 陽子ようこ様だから、めったなことには使わないだろうが、もしかして、とんでもない力を陽子ようこ様は持っているのかもしれない。

 増田先輩は快く会ってくれたそうだ。

 白鳥先輩との話もしたそうだが、プライベートな部分が多いため、私には詳しい内容は教えてもらえなかった。


「ごめんね月乃つきの。増田先輩には許可をいただいているので、白鳥先輩に許可をいただいたら、詳しく話すね。」


「気にしないでください。それより、こんなにたくさんの事をされたんですね。本当にお疲れ様でした。むしろお休みの邪魔をしてしまって、ごめんなさい。」


 私の言葉に笑って返事をする陽子ようこ様。


「それこそ気にしないで。今日一日、月乃つきのとお話しできなかったから、今、月乃つきの成分が補給できて嬉しいんだ。」


「何ですか、月乃つきの成分って。」


 おかしな言葉に笑ってしまう。


「私を元気にしてくれるエネルギーだよ。主に月乃つきのから発散されているの。」


 陽子ようこ様も笑って答える。


「じゃあ、もっと陽子ようこに補給してもらわないといけませんね。私に出来ることはありますか?」


「うん。あるよ。少しだけ、触れてくれないかな。私に。」


 陽子ようこ様が、少し戸惑いながら、私にお願いする。


「…良いですよ。ちょっと恥ずかしい気がするので、目を閉じていてもらえますか。」


「うん。ありがとう。お願い。」


 目を閉じる陽子ようこ様。

 少し、宙で手を漂わせてから、そっと頭に触れてみる。

 サラサラとした手触りで、触れたところから髪が顔の方に流れていく。

 ゆっくりと、髪の感触を確かめながら、頭を撫でてみる。

 気持ちの良い手触りに、ずっと撫でていたくなる。


「陽子、嫌じゃありませんか?触れられたくないところはありませんか?」


「平気。ありがとう。手、下げても良いよ。」


 少し震える手で、陽子ようこ様の頬に、そっと触れる。

 室内灯がゆっくりと落ち始めていた。

 陽子ようこ様が調光してくれたのだろう。

 ほとんど見えなくなってきた陽子ようこ様の輪郭を確認するように、髪から首まで何度か撫でた。

 ピクっと陽子ようこ様が動く。

 耳に当たって、くすぐったかったのだろうか。

 いい加減、恥ずかしくなってきたので、陽子ようこ様に聞いてみる。


「そろそろ元気になりましたか。」


 目を閉じたままの陽子ようこ様が答える。


「うん。ありがとう月乃つきの。すっごく元気になった。」


「どういたしまして。じゃあ、そろそろ寝ましょう。明日、起きれなくなってしまいますよ。」


 陽子ようこ様が身じろぎして答える。


「うーん。もう少しだけお話ししよう。月乃つきのは今日はどんな一日だったの。」


「そうですね。いつもとあまり変わらない日だったはずですが、少し、味気ない日でした。」


「味気ない?」


「はい。なんとなく、何を食べてもいつもより美味しくないし、あまり勉強にも集中できませんでした。あ、そうだ、リップ。有名ブランドの新色なんだって、クラスメイトの芳香よしかさんに教えてもらいました。おかげでとても仲良くなれたんですよ。」


「ん。沖野芳香おきのよしかさんだったよね。文芸部の期待の新人、だっけ。うんうん。月乃つきのに友達が増えて私も嬉しい。」


「本当に陽子ようこは、学園の生徒を全員覚えているんですか?」


「いいえ。まだまだ全員じゃないよ。特に目立つ人ばかり。もっとたくさんの人達を覚えたいな。」


「どうしてですか?」


「いつか、学園を卒業する日がくるでしょ。その日が来た時に後悔がないように、できるだけたくさんの人とお話しして、たくさんの事をして、たくさん思い出が欲しいの。」


 気軽な疑問と思って聞いてみたが、陽子ようこ様は少し寂しそうに応えてくれた。


「そうですか。では、もっとたくさん、色々な事をしなくちゃですね。あ、それなら文化祭の方針も決めやすいかも。」


「え、何かあるの?文化祭の方針って?」


 陽子ようこ様が目を開け、顔を近づけて聞いてくる。

 しまった。眠ってもらうつもりが、逆効果の話題だったか。


「明日の放課後にでもお話ししますので、今日はもう眠りましょう。本当に明日遅刻しちゃいます。」


 もう一度、陽子ようこ様の髪を撫でて、落ち着いてもらう。

 陽子ようこ様も目を閉じてくれた。


「うん。月乃つきのが言うなら、そうする。月乃つきのも一緒に眠ろう。」


 陽子ようこ様の手が、私の髪をそっと撫でる。

 いつも、壊れ物を扱うように優しく触ってくれる。


「はい。じゃあ、もう寝ましょう。お休みなさい。陽子ようこ。」


「うん。お休み、なさい。月乃つきの。」


 どうやら限界だったようで、眠りながら私の名前を呼ぶ陽子ようこ様。

 そんな陽子ようこ様の寝顔を見ながら、そっと、もう一度だけ髪に触れてみた。


「今日も一日お疲れ様でした。陽子ようこ。明日も一緒に楽しい一日にしましょうね。お休みなさい。」


 小さな、誰にも聞こえない声でささやいた。

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