第6.2話 炎の教官
そこに立っていたのは、燃えるような赤い短髪をなびかせ、長身をさらに高く見せるような堂々とした佇まいの――女性だった。
(え、女の人……!?)
赤い瞳を爛々と輝かせた彼女、幹部のカーリー。
快活に唇を吊り上げると、どん! と音を立ててハヤトの前に皿を置いた。
それも、山のような料理が盛られたやつを。
――その様子を、少し離れた卓から見ていたエリオルは静かに笑っていた。
(ああ、よかった。少なくとも、あの目は死んでいない)
「細っこいねぇ! 鍛えるなら、まず食え!」
「え、あ……あの」
目の前に置かれた皿と彼女の顔を見比べてたじろいだ。
「残すなよ。食わなきゃ力は出ないからね!」
本人はその倍以上の量を自分の前に並べ、豪快に笑う。
「守るってのは体力だよ。あんたが倒れたら、そこで終わりなんだからさ」
その瞬間、ハヤトの脳裏にかつて学者たちと暮らしていた日々が思い出される。研究に没頭して食事を忘れる彼らに、自分はいつも「食べてください」と口うるさく世話を焼いていた。
(あの時は……俺が『食え』って言う側だったのに)
今は逆だ。自分一人が生き残り、こうして誰かに世話を焼かれている。
記憶の断片が、胸の奥を少しくすぐったく、そして少しだけ切なくさせた。
ハヤトは観念したように、箸を取り直した。
「いっ、いただきます……!」
(……よし。挑むか、この山に)
覚悟を決めて頬張る。周囲の卓はやけに賑やかで、戦う者たちの拠点とは思えないほど、不思議な温かさに満ちていた。
翌朝。訓練場には、耳をつんざくような怒鳴り声が響き渡っていた。
「新人! 盾が優しすぎるよっ!」
ピシィィン! と、鋼鉄の鞭が地面を叩き、乾いた砂がハヤトの頬を掠めて跳ねた。
「守りは、一瞬でも遠慮したらそこから抜かれる! 相手に慈悲を見せる暇があったら、一ミリでも厚く壁を張れ!」
「……っ、はい!」
反射的に、崩れかけた体勢を無理やり立て直す。
「いい返事だ! 伸びるやつは声がいいねぇ!」
カーリーの指導には、一切の容赦がなかった。
一歩でも踏み込みが甘ければ、即座に厳しい指摘が飛ぶ。
だが、決して理不尽な無茶もさせない。
ハヤトの限界を見極め、ギリギリのところで基礎を確実に積み上げさせてくる。
(聞いていた通りだね……)
エリオルが言っていた「忘れているだけの元経験者かもしれない」という仮説。
ハヤトのその守りは、記憶から呼び覚まされたものなのか、カーリーの目から見ても確かなものだった。
回避も、決して悪くない。
彼女はハヤトの体に刻まれた動きを信じ、眠っている感覚を力ずくで引き出そうとしていた。
繰り返される訓練の日々。
初日は避けられなかった攻撃も、かなりの率で完全に処理しきれていた。
だが、攻撃だけが伸びない。
剣も、盾も、魔法も。ハヤト自身、どれも水準以上にこなせている自覚はある。
(言われてることは分かるのに)
その先の敵を仕留める為の「決め手」がどうしても見つからないことに、ただ拳を握りしめる。
数日が過ぎているにもかかわらず、決定的な適性が見えてこなかった。
その日の訓練で、たまたまカーリーの腕に剣の切っ先が掠った。
日焼けした肌に僅かに紅い筋が走る。
「っ! ゴメンナサイ!」
「はぁ?」
突然謝るハヤトに、カーリーは呆れて動きが止まってしまう。
「訓練なんだから当てて当たり前だよ。むしろガンガン当てておいで!」
カーリーはどこか可笑しさを堪えるように、力強く笑い自信を指差す。
「……はい」
そう返事するハヤトだったが、やはり、攻撃――相手に傷を負わせる瞬間になると、無意識でその動きは歪になる。
(どうして……動けているはずなのに、形にならない)
焦りが、じわりと足元を重くする。
今ここで止まれば、空っぽになってしまう気がして怖かった。
その日の訓練が終わり、ハヤトが肩で息をしながら膝をついた時だった。
「ほら。水だよ」
無造作に投げられた水袋を、ハヤトは慌てて受け止めた。
顔を上げると、そこには鞭を仕舞い、いつもの姉御肌な笑みを浮かべたカーリーが立っていた。
「基礎は悪くないよ。むしろ、見事なもんさ」
ぶっきらぼうだが、そこには確かな信頼が混じっている。
「いいかい、焦って形を崩しちゃダメだよ。守りってのはね、地味な積み重ねの先にあるんだから」
彼女は一拍置くと、屈んでハヤトと目線を合わせた。訓練中の鬼気迫る表情とは違う、穏やかで柔らかな声。
「あんたはちゃんと伸びてるよ。自分じゃ、まだ気づいてないだけさ」
大きな手が、ハヤトの頭をくしゃくしゃと乱暴に、けれど温かく撫でる。
その手の熱に、ハヤトの強張っていた心が、ほんの少しだけ解けていくのを感じた。
「……はい、頑張ります」
短く答えたハヤトに、カーリーは水袋の上にもうひとつ何かを置いた。
「……え?」
それはしっかりと包まれたお弁当。ちゃっかり彼女の膝のうえにも同じモノが乗っている。
「今、ここで?」
驚いて返すハヤトに、彼女はニカッっと笑って返す。
「腹が減っては何とやら……って言うだろ?」
その屈託のない笑顔に、思わずつられて笑ってしまった。
(みんな、本当に優しい)
記憶はなくても――この場所だけは、守りたい。
その一心で、ハヤトは再び自分の盾を握り直す。
そんな訓練場を見つめる人物が一人。
「みんな何やってるかなぁ。思い出してもらえばいいじゃない」
オレンジの瞳が煌めいていた。
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