第10話[トラップ]ベテラン人気配信者が無様に敗北するわけありません!


 目の前の惨劇にシギルは目を覆いたくなった。 …否、覆っていた。


 どうしてこうなった…。


「シギルさんっ、助けて下さい!」

 

 少し離れた場所から最優先保護対象であるルルナ…才花の聞き慣れた情けない声が聞こえてくる。


「あなた達一体何しに来たんですかッ!?もう最ッ悪!」


 それはこっちのセリフだ…そう言い返す気力もなく、シギルは最後と決めた溜息を吐いて、手を退けて目を開けた。…自分の身間違いであって欲しかったが、直視に堪えない悲惨な現実がそこにあった。


 それでも足を前に進める。

 

 何故なら、マスターの命令が最優先だから。



 …一時間前



 横穴の先は通気口のようになっていた。薄暗い石造りの迷路の一角が朧げに見えた。大型のファットオークが通り過ぎていく。 頓着せずシギルはその狭い通気口に身を滑らせて通路へと降り立った。高さは四メートル半ほど。通気口の下に立ち、不安げにするルルナに向かって手を広げた。


「怖がらなくて大丈夫、必ず受け止めるから」

「…な、何か見えそうなので、すみませんが肩を貸してもらえませんか?」


 こんな時に一体何を言っているんだ、このは…?


 呆れながらも言われた通り、通気口下に立ち、決して上は見ないように俯き加減に待った。

(なんだか嫌な予感がするのだが…大丈夫だろうか?)

 

 頭上4メートルでもそもそと身動きする気配を感じながら、シギルは大まかな状況図を描いてみた。

 自分の肩が160、頭部が180の脚立のような足場だとして、あの細腕の小さな少女が…自分の体を支えたまま懸垂状態になったとして…せいぜい190から2m程度か?…おいおい、確実に50センチは足りないぞ…?


「…なぁマスター、今ざっと計算してみたんだが、君がそこからぶら下がっても50センチ以上は足りないと思うんだが。危なく無いか? その姿勢で壁に張り付いたまま俺の肩に綺麗に着地できるとは思えないのだが。 …俺はどうなろうと大丈夫だが、君が怪我をしたら一大事だぞ?」


「…」

 ムキになっているのか、返事はない。周囲に敵の気配は感じないからこんな間抜けな事をしていられる訳だが…

「す、すみません、もう降りちゃって…全然足が届きません!」

 懸垂に使う関係各位の…それも恐らく大して鍛えられていない筋肉に乳酸が溜まっているのだろう。涙声に震わせた声がようやく返って来た。


 そら見た事かと思いながら小さく溜息を吐いた。


「…そのまま落ちると冗談抜きで危ない。俺がキャッチするから、それでいいな?」

「は、はいぃ…! は、早くお願いしますッ!」


 シギルはさっさと後ろ上を振り返った。


「よし、手を離して良いぞ」

 落下した体を問題なくキャッチした。


「す、すみません…助かりました」

「気にするな。…ここは…どうやら40階層を過ぎたようだな」

 シギルの言葉に周りを見回すと、30階層の苔むした壁ではなく、青い色のレンガになっていた。

「上り階段を探して35階を目指そう。…周囲と違う汚れや不審な点を見逃さないように注意して、な」

「あうっ…」


「だがまぁ、今のトラップの仕掛け方でこの迷路の性格も大体わかった。…離れずついてきてくれ」

「はい!」

 ルルナは大人しくシギルの後に続いた。



「…流石に30階クラスともなると雑魚相手でも歯ごたえがありますね」

 

 34階層まで辿り着いたリンとセイレンだったが、レベル20から30近いのモンスターも加わった敵との戦闘を経て徐々に疲れの色が見え始めていた。


 冒険者の間では対戦適正値という暗黙の数式があった。レベル10の冒険者ならレベル10以上のモンスターと戦う事は避けるべきであり、レベル5以上のモンスターと長時間戦闘は避けるべき…など。

 

 しかしレベル20となるとその範囲は若干代わり、レベル22の敵相手でも十分対処可能となり、レベル15以上のモンスターとの長時間戦闘が非推奨…そしてレベル30になればレベル35までのモンスターに対処可能になり、レベル30以上のモンスターとの長時間戦闘が非推奨…など。


 とは言え決して遅れを取る様な相手では無かった。ただ、やはり30階層からの世界には見えない重苦しい壁が立ちはだかっている、と改めて実感した。


 セイレンの単独到達最高階層は37階、リンは44階だった。既に過去に到達していた事はある。…だがそれは時にモンスターに追い回され、命からがら到達しただけであって、悪い言い方をすれば運よくそこまで辿り着いて、運よくそこから無事、逃げ戻れたという事に過ぎなかった。 だからそれらのフロアを正確に把握して次の探索に活かせるよう今回の偵察を提案したのだった。…人気急上昇中のルルナ達とのコラボによる更なる人気・注目度押し上げ効果も勿論狙いとしてあったが。


「ええ、手強いですね!リンさんが居てくれて助かります!」

「こちらこそ、セイレンさんが残ってくれて助かりますこの先の救助者と、ルルナさん達も助け出して、必ず全員で脱出しましょう!」

 自分は優秀なタンクだという自負はあるが、やはり強力な攻撃手と組んでこそタンクは活きる。セイレンはその強力な攻撃手だった。状況判断能力も高く、まだまだ潜在能力…高い伸び代を感じる。

 

 …正直、シギルの能力をこそ測りかねていた。確かにボスを倒したり、レベル40、50クラスの敵を圧倒して倒した映像は見た。だが、この目で見た訳では無いし、その40、50クラスの敵が実際にはそれほど大したモンスターでは無いのではないか…カタログスペックと言うか、数値上だけなのではないか…そう疑ってしまう自分も居た。

 

 …まさに、それこそが昨日からこのダンジョンに挑んでは遭難者までだしたこの事態の元凶とまでは思い至らずに。


「…リンさんッ!?」


 物思いに耽っていた隙をゴブリンに衝かれ、小型棍棒をもろに後頭部に受けた。リンは朦朧としかけながらよろめき、自分の意識も曖昧なまま視界にファットオークが映った。レベル35。 …まずい…

 何とかクローシールドを持ち上げて振るうが、力が入っていなかった。ファットオークの左側面を打ち付けるが、ほとんど効かずに押し返されてしまった。 

 

 自分が魔物の中に孤立していることをようやく理解し、朦朧とする頭に苛立ちながらも気力で意識を取り戻そうとした。


 相手はファットオークに…ゴブリン少々に…リザードファンサ―が六体。主力はリザードフェンサー。これが俊敏でトリッキーな動きをするため厄介だった。…よりパワーとレベルが高いファットオークの方がまだやりやすい。意識がハッキリして力さえ出れば倒せるし、ゴブリンに囲まれながらでもパワーマッチに勝てる自信がある。だが、リザードフェンサーが居てはダメだ。こいつらが居ては逃げる事もできない。


 セイレンの状況を見た。…セイレンもリザードフェンサーの群と渡り合って、徐々に敵の数を減らしている所だった。…もう少し自分が粘れば、セイレンの応援を期待できるか。 

(Fオークか、リザードさえ居なければ一人でもどうにかなるのに…)

 ゴブリンなど眼中にない。…なのによりによってそのゴブリンに不覚を取るとは…


 鋭い爪が振り下ろされた。盾で受けると同時にそのままシールドタックルでリザードフェンサーを一体壁に叩きつけ、そのまま押し潰した。背中に飛びついてきたゴブリンを片腕で引き剥がし、同じように壁に叩き付けて始末した。 振り向いた自分にリザードフェンサーとゴブリンが怯えの色を露わにした。


 …自分の気迫勝ちだ。 

 そのままずいと進むとリザードフェンサーが後退り、ゴブリンは一目散に逃げだした。唯一怯えとは無縁なファットオークが出て来るが、今度は思い切りクローアンカーで胴部を串刺し。リザードフェンサーへ向けて投げつけると、一体が巻き添えを食って首を折り、生き残りはゴブリン同様逃げ出して行った。


「援護できなくてすみませんでした、リンさん!…お怪我の方は?」


「ああ、こんなの平気ですよ。下り階段を探しましょう!」 

 


 階段は程なく見つかった。35階…。救助者を探し、慎重に進んだ。


 程なくして、ゴブリンやトロール、ファットオークの集団が幅五メートルの通路の中央に集まって屯しているのが見えた。 …明らかに様子がおかしい。


「何をしているんでしょうか…」

 通路の角から顔を出し、モンスター達の様子を窺った。 天井に向けて威嚇するように唸ったり、手を伸ばしたりしている。視線の先を見ると、天井に貼り付けにされた女性冒険者の姿があった。五メートル程の高さにあるため、手を伸ばせば4メートルほどにもなるファットオークやトロールの手にも辛うじて捕まらず、憔悴した表情で眼下のモンスター達を力なく見下ろしている。


「…敵の数が多い。奇襲で先制しましょう」 

「分かりました。タイミングはリンさんにお任せします」


 程なく、リンが飛び出し、それに続いてセイレンも敵集団…ゴブリン十体、その他中型モンスター6体に襲い掛かった。


 ファットオークの胴体にクローアンカーを突き立て、崩れかけるファットオークをハイキックで蹴り飛ばす。蹴り飛ばされたファットオークと入れ代わりにトロールが棍棒を叩き付けて来るが、シールドで難なく防御しつつ、足に張り付いてきたゴブリンを左腕で撲殺する。

 セイレンはグレートソードで一体を斬り捨てると即座に宙に身を翻らせ、振り下ろされた棍棒を華麗に躱した。 そんなセイレンとリンが背中合わせになりつつ…


 二人同時に、床の窪みに合ったパネルを踏み込んだ。カチッ、という聞き逃しようのない硬質なクリック音が通路全てに響き渡った。


「「えっ?」」


 ビュンッ、と何かが高速で横から迫ったかと思うと、ゴムのような質感の網が二人を交差するように両壁から撃ち出され、二人を押し包みつつ左右の壁にアンカー上の金具を喰い込ませて固定した。


「えっ、えぇっ!? リンさん、何かしました!?」 

「してない、してない! セイレンさんこそ何かした!?」

「してませんってば!」

 

 二人で言い募り合いながらも脱出しようと藻掻くが、ゴム状の網は二人の侵入者をしっかりと包み込み、容赦なく拘束していた。シールドも剣も握ったままだが、全く用を為していなかった。

 まるでフィギュアがポージングしたまま真空パックされているようなものだ。窒息こそしないが、隙間なく体を無防備な状態で挟み込まれたようなゴムネットは二人の両手両足の稼働すら殆ど許さず、そんな二人の美少女が悪趣味なアートかオブジェクトのように通路を塞ぐ形で完全拘束されていた。


「あ、あなたたち助けに来たんじゃないの!?何やってるのよ!?」


 頭上からの甲高い叱責に、リンが辛うじて上を睨み上げた。強めのウェーブが掛かった金髪と豊かな胸が重力に負け、無残に垂れ下がっている。しかしその気丈な顔立ちと態度は、昨日からそのままとは思えない程に負けん気が漲っていた。


「危険を冒して助けに来たのに何なんですか!? その言い草は無いでしょう!」


「やっと助けに来たのがこんな無様だなんて…私、本当に不幸!きっと女神達に嫉妬されてるのね…」


 リンの隣で天井に貼り付けにされた美女を呆れながら見上げていたセイレンは、隣からカチン、という音を聞いた気がした。

「なーにが女神に嫉妬されている、ですか!妄想も甚だしい!私からすればそんな所で磔になっているあなたの方がよっぽど無様です! 大体、何をしたらそんな事になるのかご教授願いたいですね!」

「な、なんですってぇ!?」


 セイレンは元より、ゴブリンやトロール、ファットオークまで呆れかえってその場に立ち尽くしていた。…しかし、セイレンとリンが身動きできないと理解したか、再び二人へ向けて迫って来た。


「わっ…き、来ますよ、リンさん…!」


「く、来るって言われても…これでは…!」

 二人は身を捩る事くらいしかできない。攻撃はおろか、腕を上げて身を守る事すらできなかった。


「やめなさい、モンスター共!!レディへの狼藉は許しません!」

 意外にも、それまで取るに足らない罵り合いをしていた相手である天井の女性が声を張り上げてモンスターの気を引こうとしてくれた。一体のトロールが立ち止まると、その肩をゴブリンが伝って登っていく。

「ま、まさか…」

 天井の女性も青ざめる。


 そのまさかで、一匹のゴブリンがトロールオークの肩から跳び上がった。…それでも流石に届かなかったように思えたが…運悪く、垂れ下がった金髪にしがみ付かれた。


「いたたたたッ!は、放してぇッ!」

 キャキャキャ、と図に乗った猿のように歓声を上げ、ちょうどブランコのようにぶら下がられている。

 …確か、ゴブリンの体重は10㎏前後だったか。

 

 だが、心配していられる立場でも無かった。自分達の前には残るゴブリンと四体の巨大で醜悪なモンスターが迫っていた。

「くっ…!」


 リンが観念したように目を瞑った。セイレンもどうする事も出来ず、歯を食いしばって暴虐に耐えようと覚悟を決めた。


 ギャッ、と頭上で短い悲鳴が聞こえて、頭部に石が深々とめり込んだゴブリンが落下した。


 背後に落下したゴブリンを、迫って来ていたモンスター達が唖然として見下ろす。続いて、石が飛んできたであろう方角…ネットに捕らわれた二人越しに通路の奥を一斉に振り向いた。


「な、ナイスコントロールです、シギルさん!」

「始球式に出られるかな?」


 シギルはもう一つ、手頃な石くれを手の上で弄んでいたが、無造作に石くれを放り投げた。投げられた剛速球はトロールの頭蓋を粉砕する。

「皆を守って下さい、シギルさん!」

「仰せのままに」


 瞬間的な残像が見えた気がした。

 実際、シギルのその直線的なダッシュは比喩ではなく、文字通り目にも止まらぬ速さだった。

 

 網に捕らわれている二人を軽々と飛び越え、立ちはだかるようにモンスターの群の前に着地。着地と同時に青い光が異様な眩さで煌いた。


 一閃。


 血飛沫を撒き散らす間も与えず、全ての魔物が斬り捨てられていた。 …どういう原理なのか、体格差の関係で直接切られていない小柄なゴブリンも、見えない剣で斬られたように両断されていた。

 

 人間では成し得ない…召喚英霊達だけが成し得る圧倒的な破壊力だった。マスターであるルルナを始め、拘束された少女達はその威力に言葉を失った。


 破壊の後は周囲の壁にも広がっていた。壁には鋭利な切断跡が爪痕のように残されていた。…その切断跡は二つあった。 

(一振りにしか見えなかったけど…二回振っていた?)


 ルルナは遠目にその切断跡を見てそんな事を思った。 

 …ともあれ、救助が先だ。


「シギルさん、まずは…」

 駆け出そうとして、これ見よがしにあった黒い染みを踏んだ。それ以外は周囲と全く苦別の突かない石床が踏み込まれ、ルルナはフリーズした。


「あっ」


 天井から射出された鎖付きの拘束具が見事にルルナの両腕を捕らえると、そのまま天井に引きずり上げた。両手が天井まで引き上げられると今度は足へと撃ち込まれた拘束具がゆっくりと引き上げられていき…例の女性と同じ、天井磔が出来上がった。


 全くうまい事出来ているものだ、と半ば関心、半ば呆れながら、通路の向こうで天井に拘束された自身のマスターを見上げた。


 それを見た元祖・天井女が文句を言い出し、リンが懲りずに応じて、喧しく口論を始めだした。

 セイレンと互いに諦めたような視線を交わしてから、情けない声で助けを求めるルルナを解放しに向かった。

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[ご報告]ダンジョン配信中に偶然召喚した戦士がバグってて、大変な事になりました こぶたファクトリー @kobutafactory

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