「やせるのか。やっぱり、やせないのか。」
今日、食欲に負け、仕事で失敗したとしても、人生そのものに敗れたことは同じではない。
一日の作戦が崩れても、明日の自分が残っていれば、戦争はまだ続けられる。
むしろ本作が丁寧に描いたのは、華麗な勝ち方ではなく、上手な負け方なのだと思う。
食べすぎても、翌日に戻る。
歩けなくても、少し休んでまた立つ。
思うように減らなくても、体重計ごと投げ捨てない。
昨日の失敗を全滅へつなげない。
人生を立て直す時、本当に必要なのは、一度も負けない強さではなく、負けた日に、自軍を壊滅させず撤収させる力だ。
主人公の一歩は小さい。
だが小さいからこそ、明日へ残る。
しかし人間の身体と心は命令では動かない。
必要なのは、壊れた経路を一本ずつ直すこと。
眠り、食べる量を少し考え、机の上を片づけ、昨日よりほんの少し長く歩き、誰かの好意を、罠だと決めつけず受け取ってみる。
それらは戦果としては地味である。
けれど、報われない日にも前を向く限り、前に進んでいる。そして、今日より明日の自分を、ほんの少し大事にできるようになる。
つまり、これは、自分を、未来へ生還させるための長い撤退戦なのだ。
「やせるのか。やっぱりやせないのか」と笑って読んでいたはずなのに、いつしか体重の数字よりも鶴谷の明日を気にしていた。
成功してほしい、とは少し違う。
痩せても、痩せなくても、生きる側に残ってほしい。
そう願わせた時点で、本作の勝利条件はすでに達成されたのではないか。
そんな作品です。