第一章 あなたの悲しみは正しいへの応援コメント
愛のカタチは人それぞれだと思います。
ですが。
ロスというのはただ失うのではく、すっぽりと空いた空白のことだと思っております。
ちょうど。
ぴったり。
愛したヒト?のカタチをした空白。
そこを埋められるのは他の何者でもない、その愛したヒト?のみ。なのです。ですから、そのヒト?の遺したモノもその空白に当てはまるのであれば、それを失うことすら恐怖なのです。これはその存在を丸ごと愛した証拠でもあるのでしょう。
愛したヒト?の思い出、記憶は、既に自分の一部であり、それを失うことに違和感を抱かないヒトはいないでしょう。
例えば自分の右腕を失ってなお、右腕の指先に痛みを感じるなど、ヒトの脳にもそれが記録、記憶されているのだから。
と言ったことを感じました。
作者からの返信
ちょうど。
ぴったり。
愛したヒトのカタチをした空白。
……かごのぼっちさんは素敵な表現をされるなあ……と感じ入りました。
おわりに それでも、明日へへの応援コメント
久しぶりに、面白い作品に出合うことができました。有難うございました。
作者からの返信
こちらこそお読みいただきありがとうございます!
少しでも柏木一機(サトヒロ)さんの心に残るものがあれば嬉しいです……!
第二章 人類は死とどう向き合ってきたかへの応援コメント
私の生死観ですが。
この小説のタグに量子力学のユニタリ性がありましたが、そうですね。学術的なところはともかく、漫画ワンピースのヒルルクは人が死ぬときはいつだと思う?の問に対して、人に忘れ去られた時だ、と答えております。
当時の私はなるほどと思いました。
つまりヒトの存在とは情報からなるもの。情報が他のものに認知された時初めて存在する。つまり認知されない情報は存在すらしない。という極論になります。
現実的ではありませんが、ヒトの存在とはそんなものなのかも知れないと思いました。
つまり、自分が忘れていないのであれば、愛する人は生き続けているも同義。他の人は知らなくても、自分だけが知っていれば良い。私の中に息衝くあの人たちも、確かに今も色鮮やかに私の中におります。声も、色形もそのままに。
それで良いのではないか、と思っております。
作者からの返信
本稿では、第二の死である「人に忘れられた時」ですら、宇宙はそれを記憶してくれている……という私の希望(あるいは欲望)を、現在存在する宗教・科学の範囲で書かせていただいたつもりです。実際どうなのかはわかりません。本当にただの無しかないのかもしれません。でももし、宇宙が記憶してくれるのであったとしたなら、そこにいる母と共鳴しつつ、今日も生きていける気がするのです。そうしていつか自分もその宇宙の響きに還って行ければな……と考えています。
あくまで私の願望です。