六章

 けたたましい音がどこかから響く。

「なっ」

 エリオンがよろめいた。

 エリオンから闇が黒い雪のように舞い散った。

 舞い散った闇が集まり、虚空に穴が開いた。

 虚空に空いた穴からリルが乱入してきた。

 闇はリルの周りにまとわりついていく。

「リル?」

「どうやってここに来た?」

「センサーを最大にしたら、ここにつながったんだ」

 リルがエリオンをにらむ。

「まさか、僕の波動を増幅して穴を開けてこことつなげるとはね」

 エリオンが目を見張る。

 直感的にクレオスが左手のナイフをリルに投げる。

 リルがナイフをつかんだ。

 舞い散る闇がリルの手のナイフに集中した。

「あああああああ」リルが叫ぶ。

 闇色の獣たちが粉末に分解されて行く。

 獣や闇で構成された存在が歪み、存在が希薄になる。

 闇は引き寄せられるようにナイフに集まっていく。

 エリオンがリルに視線を向けた。一瞬の隙だった。

 クレオスは三本分の光の刃を右手でつかむとエリオンを真横に切り裂いた。

 エリオン自身も粉に分解されていく。

「おお、灰燼の強制干渉。えげつないね」

 エリオンの顔が粉に変わり虚空に溶ける。

「さすがリル君。ガルナの切り札ってところか」

 半分の顔でエリオンが笑みを浮かべた。

「でもこれで十分、相克の関係で僕はクレオスを倒せない」

 エリオンが虚空に視線を向ける。

「後は任せるよ。アルト!」

 エリオンは黒い雪のように舞い散って消えた。

「まったく、殺せる方法ならいくらもありますでしょうに……」

 虚空から声が響いた。

「まあいいですわ」

 冷たい気配がする。背骨に氷が刺さったような寒気が走った。

 エリオンが消えたあたり、祭壇の上に燐光を放つ、銀髪の女がいた。

 黒いイブニングドレスを身に着けている。

 さながら今まで室内でくつろいでいたかのようだ。

 蕩けるような柔和な笑みを浮かべた。

 頭に激痛が走った。

「素晴らしいですわ」

 脳に滑り込むような声が響く。

「よくぞここまで幻刃(ファントムレイザー)を扱えるように成長しました」

 透き通るような声が響く。

 空気の圧が増す。

「ためらわずエリオンに斬りつけられる胆力。及第点といえますわね」

 リルがクレオスの服を握った。

「多分、こいつだ。あたしを見てたのは!」

「ええ、見てましたとも。見守るとそう約束したはずですわ」

 銀髪の女はクレオスに視線を向ける。クレオスの視線を受けて優雅に微笑んだ。

 邪気がない。童女のような笑みだ。

 リルの顔が引きつる。顔色がわずかに青い。

 どうやら恐怖を感じているようだ。

 ダンスを申し込むように手を差し伸べられる。

「では、クレオス様。貴方様の役割はこれにておしまい」

 銀髪の女は優雅に一礼した。

「役割? どういうことだ?」

 アルトは何も答えない。

 背筋が冷たくなる。向けられた表情からは何も読み取れない。

「何も答える気はないわけか」

 銀髪の女が微笑む。害意を感じない笑顔が向けられる。

 クレオスが、眉をひそめる。

「私のかわいいエストのために――」

 言葉が、途切れる。

 リルも茫然としている。

「クレオス様。貴方はここで退場ですわ。ありがとうございました」

 全身の肌を刺すような感覚がある。吐き気がする。

 逃げるか。立ち向かうか。

 差し伸べられた手が振り上げられた。

 銀髪の女は自身の周りに数十本の光の刃を発生させた。

「それでは、後片付けと行きましょう」

「待て、俺は一体何者だ? お前なら知っているんだろう?」

「ん? すぐにわかりますわよ。幻雨(ファントムレイン)」

 天井、背後、部屋中のどこにも死角なく光の刃が発生した。

 一斉に雨のようにクレオスに降り注ぐ。よける隙間もない。

 リルがクレオスの正面に躍り出る。

 必死でかばうが、とても防ぎきれる数ではない。

「馬鹿、よけいなことを……するな!」

 リルに当たった刃は消滅する。

 小柄な体では刃のすべてを食い止めることはできない。

「そうですわ。私の攻撃では貴女は殺せない」

 強烈な痛みと熱さが全身をくまなく包み込む。

「クレオス様を守ることは不可能。意味のない行為ですわね」

 感覚もなくなってきた。

「今回消えてもらうのは彼だけですわ」

「あああああああ」

 リルがナイフを銀髪の女に向かって投げつけた。

 かわそうともせずまともに左胸に突き刺さった。

 ナイフが刺さった箇所が波打ち、灰燼に分解していく。

「ん~。貴女を連れて帰るのは私の役目ではありませんわ」

 体が分解していくが、女は意にも介さない。

「貴女のことも愛しく思ってますわ」

 リルの表情が凍り付く。

「ふざけんな!」

 リルが叫びを上げる。

「またお会いしましょう。リル」

 全身の肌を刺すような感覚がある。

 銀髪の女が指を鳴らした。

「ではごきげんよう」

 クレオスの全身をさらに発生した刃が貫く。

 全身を衝撃が包む。

 熱い杭が全身に打ち込まれるかのようだ。

 熱さが次第に薄れていく。感覚が消えていく。

 黒い粉末に体が分解していく。

 まるでエリオンのように。

「これは……」

 自身の存在が空虚になっていく。

 滴り落ちる鮮血が床を赤く染めた。

 リルを守らないと。唇を噛みしめる。

 だが、力が出ない。

 手を伸ばす。指先から崩れ落ちた。


 意識が明滅する。


 奥歯を噛みしめる。

 ただではやられない。

 最後の力で光の刃を作り出した。

 銀髪の女に放つ。


「あら、意外ですわね。まだそんな力が……」

 余裕の笑みで刃を女は受けた。

 狙いたがわず、刃は左胸に吸い込まれるように突き刺さった。

 さらに女の姿が崩れていく。


「よくも、クレオスお兄さんを――」

 リルの叫びが響く。

 リルの帽子が弾け飛ぶ。

 長く綺麗な赤毛が宙を舞う。

 リル逃げろ。その言葉は喉からは出てこなかった。

 全身が崩れる。形がなくなっていく。

 意識が溶ける。


 何かがクレオスの中から目覚める。

 そんな感覚。

 温かい。ずっと近くで見守ってくれた。懐かしい気配を感じる。


 ――クレオス様。

 砕石場で最初に聞いた女の声。

 深い孤独を抱え、無力感にさいなまれていた心を感じる。

 こんな心を守るために、クレオスは生まれたのかもしれない。

 この娘は、逆にクレオスに声を掛けて励ましてくれた。

 あの子を守って。そう頼まれた。引き受けたつもりだった。

 手を伸ばす。虚空に青い瞳で長い銀の髪の少女が刹那見えたが、幻のように消えた。


 リル。約束を守れなかった。

 ――すまない。


 灰色街の冷たい石畳の感触がまだ足の裏に残っている。

 リルと初めて会った時を思い出す。財布をすられた記憶。

 帽子越しから伝わる柔らかい感触が手に残っている。

 喜んだときに細める瞳が脳裏に蘇る。

 危険に巻き込むつもりはなかった。

 もっと冷たく突き放すべきだったか。


 ――いや、違う。


 クレオスも救われていた。

 リルと一緒にいることで、採掘場で感じてた孤独も一時忘れていた。

 温かさが胸を満たす。

 リルの笑顔を思い出す。


――ありがとうな。リル。


 次の瞬間、意識が闇に落ちた。


* * *


「センサーの強烈な反応があったから駆けつけてみたけど……」

 レノアから幻心商会の支部に、リルは連れてこられていた。

 まだ、心臓の鼓動がうるさい。

 視界が涙に滲んでいる。

 頭の中がぐちゃぐちゃでまとまらない。

「いったい何があったのよ? リル?」

 レノアがリルに問いかけた。

 気が付いたら、ガルナ教の教会の外にいた。

 いつもの帽子は落としたのか……なくなっていた。

 光の刃を受けた衝撃で落としたのかもしれない。

「わかんないよ。……へんな銀髪の女の幽霊か何かが出てきて」

「銀髪の女幽霊?」

「光の刃の雨が降ってそれで、お兄さんが消えて」

「光の刃の雨?」

「それで……黒い粉が集まって」

「黒い粉?」

 頭の中がぐるぐる回って訳が分からない。

「ちょっと何言っているかわからないわよ」

「とにかく、光って、雨みたいに、お兄さんが……」

「落ち着いて話して。クレオスさんがどうなったって?」

「だから消えちゃったんだって。光の剣がいっぱい刺さって」

 涙がにじんできた。

 声も震えてうまく話せない。

 机に涙が滴り落ちた。

「紅茶が冷めるわよ。一旦飲んで落ち着きなさい」

 言われるままにやや冷めかけた紅茶を一気に飲み干した。

 味も香りもよくわからない。

「ひどい顔よ。これで顔を拭きなさい」

 レノアがハンケチを渡してくる。

 ためらわず受け取って鼻をかんだ。

 レノアが苦笑を浮かべる。

「今日はうちに泊まりなさい」

 優しくレノアが語りかけてくる。

「ガルナ教から貴女の捜索依頼が出ているわ。結構な額の賞金もかかっているわよ」

 レノアがため息を漏らす。

「ガルナ教が? どうして?」

 ガルナ教が自分を探す理由を考える。エリオンが言った切り札という言葉を思い出した。

「ほんと何をやったのよ?」

「だからわからないんだってば。黒い粉が集まってきて、急に真っ暗になって、それで……」

 レノアが肩をすくめた。

「……とにかく、大変なことがあったのはわかったわ」

 リルは何度もうなずく。

「なんか、あたしのことをガルナの切り札とか言ってたけど、意味わかんないし」

 意味が分からない。胸がもやもやする。

「切り札……前に言ってた話ね。貴女の捜索依頼にかかわっているのは間違いないわね」

「あたしが切り札だから、捕まえようってこと?」

「多分そうでしょうね……今はガルナ教に近づかない方が無難ね」

「レノア……何かわからない?」

 レノアはちょっと考える。

「現状ではわからないわね。私の方でも調べてみるわ」

「うん。ありがとう。レノア」

 消えたクレオスのことを思い出す。怒りがこみ上げてくる。

 クレオスを攻撃したあの女は許せない。どこにいても必ず探し当ててやる。


「それでこれからの話だけどね」

 レノアが紅茶を含んだ。

 レノアは少し姿勢を正すと、改まった口調で語りかける。

「クレオスさんが行方不明な以上、貴女に意見を聞きたいけど」

「……何?」

「エリオンの反応は消えた。ガルナとのつながりがあったことも分かったわ」

「うん。神官長がそう言ったよ」

「任務は完了したってことね。はいこれ」

 レノアが通行証(パス)をくれる。

 四角いケースに収められている。灰色街から出るための通行証だ。

 受け取るとゆっくりと懐にしまった。これで街から出ることはできる。

「ありがと」

 隣にクレオスがいない。

 欲しかったパスをもらっても、あまりうれしくはなかった。

「クレオスさんの報酬だけど。エストとの面会はどうする? 会う?」

「そのエストって王女は銀髪だよね?」

「ええ、そうよ」

「会う! もしかして、そいつがお兄さんを攻撃した女だったら……」

 ただじゃ置かない。

 拳を握りしめた。

 あの銀髪女は眠り病についても何か知っている気がする。

 ハンナとクレアのためにも会って決着をつけるつもりだ。

「あの子がクレオスさんに攻撃? 全くあり得ないと思うけど」

 レノアがしばらく考える。

「でも、何か知ってる可能性はあるわね」

「いつ会えるの?」

「王家に話を通して会えるのは早くて数日ってところね」

「そんなにかかるの?」

「色々手続きがうるさいのよ」

 レノアが少し目を伏せた。

「あの子……病気という噂もあるわ。病状にもよるわね」

 声にわずかに心配そうな色が混じる。

「病気なの?」

「噂が本当ならね。病気になりそうもない健康体の子なんだけど……」

 従業員の女性が紅茶のおかわりを注いでくれる。口に紅茶を含む。香りが口中に広がった。

「リル」

「貴女はしばらく灰色街を出歩いたらだめよ」

「ガルナ教が探し回っているわけだし」

「ブラックウッド商会にも捜索依頼がいっているはずよ」

 ブラックウッド商会――あのボンボンは一回殴っておきたい。

 顔を思い出してもイライラしてきた。

「この支部には一応部屋もあるから、そこに隠れておきなさい」

「ねぐらのアパートに戻るのは……」

 お世話になっているダリアおばさんに挨拶しておきたい。

「駄目よ」

 レノアは首を横に振る。

「ダリアおばさんに一言言っておきたいんだけど」

「ああ、あの人ね。知ってるわよ」

 レノアが目配せすると従業員の女性が近づいて来た。

「いかがいたしました?」

「ダリアさんにリルがしばらく帰れないって伝えておいて」

 レノアが場所を書いた紙を手渡す。女性はそれを受け取る。

「承知しました」

 一礼すると女性は出て行った。

「ありがと。レノア」

「気にしないでいいわ。クレオスさんが泊っていた宿に行っても駄目よ」

 リルとしては問題ないと思う。たいていの奴らに遅れはとらない。

 レノアの表情は真剣だ。

 素直に従うことにした。

「クレオスさんは私の方でも探してみるわ。何か情報があったら教えてあげる」

「ありがと。レノア」

 はやる気持ちもある。

 ガルナの狙いも気になる。

 孤児院なら閉じ込められても脱走する。

 ここはおとなしくしておいた方がいい……とさすがにリルは考えた。

「レノアはあたしをガルナに引き渡さないわけ?」

「しないわよ。依頼人のクレオスさんの相棒でしょ?」

 レノアがウインクした。

 少し心が温かくなった。


 クレオスはこの街にはいない気がしていた。

 直感だが……。

 死んだのかといわれるとわからない。生きていると信じたい。

「ねぇ、レノア。なんか最近この街、甘い匂いがしない?」

「甘い匂い? お菓子を売ってる店とかの近くだったらするけど」

「そうじゃなくて、なんか果物みたいな匂いだけど?」

「しないわね。それがどうしたの?」

「ううん。何でもない。ちょっと気になっただけ」

 いつからか、雪のような黒い粉末が見え始めた。

 空気の香りが甘くなった気がする。

 どういう関係があるかはわからない。

 どうもほかの人間にはこの黒い粉末は見えないらしい。

 体調はいい。もともと健康で元気だったが、最近はさらに調子がよくなっている。

 誰にも負けない気持ちだ。

 レノアは感覚的に信用できる。

 でも最悪一人でもこの街を出る腹積もりだ。

「もう遅いわ。色々あって疲れたでしょう。今日は奥の部屋で休みなさい」

 体は特に疲れた感じもないが、心は疲れている。

 通された部屋は割と豪華だった。

 ベッドに横たわる。

 黒い粉末がわずかに宙を舞っていた。

 なんとなく指を向ける。黒い粉をみると胸の奥が重くなる。

 どこかに消えてしまえと思ったら、粉末は思った通りの動きで舞い散った。


「思ったより早く話が付いたわ。というか、エストの方が貴女に会いたがっているみたい」

 ちょっと遅めの昼食を食べながら、レノアがそんなことを言ってきた。

「え? なんで? あたしに会いたいの?」

「さぁ? わからないわね。リルって子がいたら一緒に来てほしいって言ってたわ」

 レノアが首を傾げる。

 よくわからないが、会って聞けばいいだけだ。

 フライドポテトと、チーズや、ハム、ピクルスはいいが、新鮮な白身魚をあげたフィッシュフライが出てきたので、リルは一瞬顔をしかめた。

 ナイフで丁寧にフィッシュフライを切り刻んで、タルタルソースを付けてレノアは口に運ぶ。

 リルとしてはまるかぶりするべきだと思う。

 院長への恨みを込めて、フィッシュフライを頭から噛み千切った。

 香ばしい香りと淡泊な魚の味、濃いタルタルソースが調和する。

 なんか悔しいが、おいしかった。

「それでね」

 レノアが言葉を続ける。リルは視線をレノアに戻した。

「非公式での面会ということなったわ」

「もしかして、罠とか?」

「それはないと思うけど……。念のため私も付き添うわ」

 手筈としては、夜半に王宮の中庭で落ち合うことになってるとのことだ。

 封獄の塔といって誰も近づかない塔の近くらしい。

「そんな簡単にお城に入れるものなの?」

「信用できる侍女の先導で、王族用の隠し通路から入るわ」

「通行証をつかって出たら、ガルナの奴らにばれない?」

「大丈夫よ。うまく灰色街から出られるわ」

 声には自信が満ちている。

 レノアなら何とかしそうだ。

「はい、これ貸してあげる」

 小型の銃を渡される。

 弾は入っている。思ったより軽い。

「ガルナ教もからんでいるし、護身用よ」

 一瞬悩んだが、とりあえず懐にしまった。


「エストを撃ったりしたらだめよ。あくまで護身用と考えてね」

 軽い口調でレノアが注意してくる。

「さすがにいきなりはそんなことはしないよ……」

 お兄さんの……クレオスの仇とわかったらどうするかわからないけど。とリルは内心続けた。


 灰色街からは幻心商会の貨物に紛れて外に出ることができた。

 チェックはあったようだが、貨物の中までは調べられない。

 気のせいか灰色街をでるとわずかに体が重くなった気がする。

 いつもの帽子はなくしてしまった。少年用の衣服に着替えてある。

 もともとこの手の服は着慣れているので違和感はない。

 サイズはあえて少し大き目にしているとのことだ。

 郊外の森には袖なしの上に、太ももがわずかに隠れているだけの女中服を着た侍女が一人待ち受けていた。

 見ているだけで寒そうだ。

「アーシュラ。案内の侍女は貴女だったのね。お城に勤めてたの?」

「知り合い?」

「ええ、昔魔黒石と幻心機関の研究で幻心商会(うち)にいた研究員よ」

「先代――レノア様の御父君にはお世話になりました」

 妙に凝視された。

「何?」

「失礼。貴女がリル様ですね」

 変な気分だ。

「確かに……面差しが似てますね。アルト様に」

「え? どういうこと?」

「いえいえ、こちらの話です。お気になさらず」

 アーシュラが先に立って歩きだす。

「さあ、こちらへ、エスト様がお待ちです」

 ついにエストに会える。

 妙な緊張感があった。

「通路は暗いですしこちらを」

 懐中灯を手渡される。

 スイッチを入れると内蔵されている小型の幻心機関が作動し、正面を照らした。

 思ったより灯りが強い。

 目がくらむくらいだ。調節のダイヤルを回して光量を調整した。

 クレオスと孤児院の地下へ続く階段を下りた時を思い出す。クレオスが使った懐中灯はここまでまぶしくはなかった。少し不思議だった。

 城への通路の入口は古びた農家に偽装されているらしい。

 朽ち果てている農家に入る。散らばるガラクタをどけると床の一部が黒くすべすべしている場所がある。

 アーシュラはそこに手のひらを当てた。

 よくわからないややこしい模様が浮かび、床に穴が開いた。

「すぐに閉まりますから、お早く」

 三人が入ると入口が静かに閉まった。

「幻心機関を使った認証装置ね」

「おっしゃる通りです。私の生体情報はマスターキーとして登録してあります」

「後は王族が登録されてわけね?」

 アーシュラがうなずく。

 かび臭いような、薄暗い道をしばらく歩く。

 壁から燐光は発せられているが、足もとは暗くて見えづらい。

 曲がりくねったややこしい道をアーシュラに続いて進んだ。

 変な虫やら、ねずみもいるが、灰色街では見慣れた風景だ。

 しばらく歩くと石造りの階段に突き当たった。

「滑りますから、お気をつけてください」

 うながされるままに階段を上る。

 上には例の黒いすべすべした板があって行き止まりになっている。

 アーシュラが手を触れると、静かに天井が開いた。

 澄み渡った空気が入り込み、心地よい感じだ。

 甘い匂いが漂ってくる。灰色街と同じ匂いだ。

 三人が外に出ると、静かに床が閉じた。

「ここは封獄の塔の一階部分です」

 見たこともない黒い石できた塔の内部は閑散として見える。

「王族の方々でもここにはエスト様以外はほぼ寄り付きません」

 上に登る階段もあるがそちらには用はないだろう。

 この塔内にも黒い粉末が舞い散っている。灰色街の時のように体の調子がいい。

「出口はこちらです」黒い壁が音もなく開く。

 風が頬を撫でる。甘い花の香りがした。

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