第29話 クラッシャーはじめ(上)
準備室のドアを開けると、ひんやりとした空気が頬に触れた。
松本部長たち漫研部員が、私たちに気づく。
「あら、まだ帰っていなかったの?」
「はい……えーと……」
「漫画原稿のデータを変えた犯人が分かったからな!」
アキラくんが私の後ろから飛び出し、指をさした。
部内の全員の顔が氷つく。
「犯人が分かった!?」
「誰なんだよ?」
「教えてください!」
黒メイド服のアキラくんが腕を組んで仁王立ちし、私の前に立つ。
「落ち着け皆の衆……今からはじめが説明する!」
そう言って、アキラくんはそそくさと脇に退いた。
どうしてわざわざこんな注目を集めるんだろう……。
私は部員たちの視線の集まる中、深呼吸をした。
「犯人は……この場にはいない、もう一人の部員です」
「なんだってーー!?」
アキラくんが驚愕の表情をしていた。
今、私に推理を丸投げしたばかりなのに。
「それって……小手川のことか?」
足立先輩が放心した顔で言う。
「小手川さん……やっぱり、いるんですね」
「え? 小手川先輩のこと知らずに、言ってるの?」
谷口くんが驚いている。
先輩ということは、その人は三年生だろう。
「小手川先輩は、足の怪我でここ二週間ほど学校を休んでるんですけど……ネーム担当の人です」
眉月くんの言葉に、私は頷いた。
「やっぱりそうですか。
シナリオは部長さん、作画は足立先輩、背景は谷口さんで仕上げは眉月くん。
ネーム担当の人がいないな、とは思っていたんです」
「最初から気づいていたってことかしら?」
松本部長が口元に扇子を当てている。
しかし目は大きく見開かれている。
「いえ、そのときは部長さんか足立先輩がやっているのかな、ぐらいに思っていました。ただ……」
「ただ?」
「四つある机のうち、一つ空席だったでしょう?
部長さんは私に使わせるとき、『空いているから』と言っていました」
松本部長がさらに目を見開いた。
「いつも部長さんが使っているパソコンなら、『空いているから』ではなく、『私のものを貸す』って言うと思うんです」
「そ、それだけで……あれが別の部員のものだとわかったの?」
私は首を振った。
「いえ、そのときは違和感だけで、忘れていました。
ただ、原稿データが消失して……どう考えても、誰にも犯行は不可能でした」
「うむ。そういう結論だったな」
アキラくんが深く頷いた。
「だったら、私が知らないもう一人の部員さんがいて……
その人がクラウドの原稿データを消した……そう考えるしかありません」
「確かに小手川は自宅にパソコンがあるし、自宅作業もたまにしてた。
でも、小手川のアカウントの作業履歴はなかったが……」
足立先輩がまだ青ざめた顔で、もう一度モニターを見た。
原稿データを消去した『KANEDA.HAJlME』のアカウント……
「そう、アカウント名は金田さんのもの。だからまず金田さんを疑ったのです」
松本部長が目を細めた。
「はい、でもそのアカウントは……私がもらったアカウントじゃありません」
「は!?」
アキラくんと、部員全員の声が響いた。
一人を除いて。
「私がもらったアカウントは『KANEDA.HAJIME』です。
でも原稿を消したアカウントは……」
眉月くんが眼鏡を抑えてモニターを凝視する。
「え、やっぱり『KANEDA.HAJlME』じゃ……?」
「よく見て。『HAJIME」の『I』の字を」
谷口くんがモニターをつかむ。
「あれ……? これ、大文字の『アイ』じゃなくて小文字の『エル』じゃん!」
「そうなの、その二つの文字はデジタル表示だと見間違えやすいって、情報の授業でもやってたよね」
足立先輩が口を抑えた。
「じゃあ、金田さんを騙った別のアカウントでログインした奴が、データを消したってことか」
「はい。そしてあの時間、ここにいる誰にもそれはできませんでした。
可能なのは、その小手川先輩でしょう」
アキラくんが目を細めて私を見る。
「相変わらず、よう気づいたな……」
「もう一人部員がいるかもって考えてたら、思い出しただけだよ」
「だが、その小手川とかいうやつが、偽のアカウントでログインした証拠はないぞ?」
私は頷く。
「それはその通り。
でも、そもそもこの偽装アカウントを作れたのは……一人しかいない」
みんながハッと目を見開き、その視線がゆっくりと、部室内の一点に注がれた。
そこには扇子で口元を隠し、険しい目つきで私を見る、松本零部長が立っていた。
「つまり……わたくしが偽のアカウントを作って小手川に指示をして、やらせたと? いつそんなタイミングがあったと?」
私は部長の目をじっと見た。
「私が部室で一人になるよう指示したのも部長さんです。
そして、アキラくんの撮影の時、部長さんは常にスマホを操作していました」
部長が顔を歪める。
「デジカメ係は谷口さんがいるのに、個人用に写真を撮るため……
その間に、スマホでアカウントを作り、更に自宅にいる小手川さんに指示を送るのは簡単でしょう」
「だが、タイミング良くというか、悪くというか、データ消去を指示して実行したタイミングに、はじめは部室を出てきた」
アキラくんがにやりと笑った。
「皮肉なもんだな。それではじめが部室にいなかった証拠写真を撮ってしまうとは。
はじめの無実が証明されてしまった手前、他の部員が犯人かもしれないと言って煙幕を張り、最終的になあなあの結論に収めたというところか」
「アキラきゅん……」
部長が悲しそうな顔をしている。
「松本……本当に君がやったのか?」
足立先輩はまだ信じられないという顔をしている。
「小手川先輩に連絡して聞いてみましょう。それではっきりします」
谷口くんがスマホを取り出した。
「それには及びません。金田さんの言った通りです」
松本さんは扇子を閉じ、力なく腕を下ろした。
「部長……どうして?」
眉月くんが戸惑っている。
私にも、なぜ松本部長がそんなことをしたかはわからない。
部室には、重苦しい雰囲気が漂っている。
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