珍しいかたち(?)で定着したことばたちの不思議


 今の時代感の中では、珍しいようなことばの使い方、

 そんなことばを含めた定着ことばたち。


「身をていして」の「挺して」、

「奇をてらう」の「衒う」、

「人気を〝博す〟」、「〝す〟」、「手が・世話が〝ける〟」、

「踏み〝にじる〟」、「旗を〝たなびかせる〟」

「火を〝くべる〟」、「くちばしで〝ついばむ〟」

「鼻を〝かむ〟」、「口〝ずさむ〟」「苦言を〝ていする〟」

「〝名だたる〟」「気が〝そぞろ〟」「立ち〝はだかる〟」「夜が〝ける〟」、

「役者の起用」の「起用」、「命に別状はない」の「別状」、「不祥事ふしょうじ」の「祥事」、「沽券こけんにかかわる」の「沽券」、

「必ずしも」→しも?「言わずもがな」→がな?「負けじと」→じ?「あるまじき」→まじき?「いやはや」→はや?


「切り盛り」「殴り書き」「飲み干す」「抜かりのない」「満を持して」「あくどい」「老いぼれ」「干からびる」「軍配が上がる」、

「お年寄り」「自然の摂理」「身だしなみ」「いけ好かない」「愛くるしい」……などなど。


「可愛い」と「可愛らしい」。

「憎い」と「憎たらしい」。

 これら2つなどは、意味がほとんど一緒じゃないかな? 直接的な表現が苦手な日本人特有の「○○らしい」っていうニュアンスのことばの必要性か、、、?


 たとえば、

「老いぼれ」の「ぼれ」や、

「お年寄り」の「寄る」といったことばを例と取って、

 それらも過去には、他に使用例はあったのかもしれないけれども、

 今の時代のことば感覚からして、

〝限定的に残されている〟という点で違和感を感じる。


「その語源は何?」という疑問よりも、

《なぜそのことばばかりが、今の時代でも定着してるんだ?》という不思議感覚の方が強い。


「切り盛り」ということばで、

《そのことばを生んだ当の本人は理解できるだろうけど、》

《そのことばと初めて接する他人は、すぐに理解できたのか?》

《いや、なにか別のことばからの変換されたことば?》

 とかね、そうした疑問や考えも含まれたりもします。悶々します困ります。。。(苦笑)


 上でも書いた事ですが、

 そうした「一部ばかりのことば」というのも、

 過去の時代において一部的でしか使用されていなかったのかも。そうしたことばも中にはあるのかも。


「お年寄り」とか、

 もう、普通に使うことばだけど、「寄る」なんてことばを使ってのそういう定着ことばって「お年寄り」ぐらいじゃなかろうか? ほんと、なぞですよ、それが定着で残っているのがね。「年」が「寄る」とは、「年」をなにかの観念物として見立ててそれが寄ってきて数が多くなっていく=年の数が増える、ってことかな……?


 今の時代でも過去の時代でも、

 ヒトの日常においては使用の頻度がおのずと高くなるようなことばたち、

 そういうのが普遍的に残る、

 っていう場合などもあるんでしょうね。そういった類のことばたちってね。あとは、古い言い回しのことばが今の時代でも定着ことばとして残されていたりするのは、「時代劇」などによることばの影響、とかもあるんでしょう、かね?


――――――――――――――――――――


「挨拶」「夕立」「寿命」「観光」「図星」「油断」「旦那」「息子」

「都度」「圧巻」「顛末てんまつ」「常識」「同胞どうほう」「彷彿ほうふつ」「辛抱」

「湖畔」「鉢巻はちまき」「台本」「主人公」etc。。。

 意味はわかってても、

 砕いて見てみれば、やはり良くはわからないことばばっかりですね。


「主人公」は主人公ポジションの定着ことばになってますが、

 もうそうした事実自体に圧倒ですし、

「公」ってなんですかね?「おおやけの場でも有名な主人」といったところかな?


「本当」「手頃」「出前」「目安」「床屋」「勝手」「支度したく」「皮肉」

「大丈夫」「大黒柱」「生意気」「醍醐味」etc。


「本」という字には〝真実〟といった意味合いの側面があるのでしょうかね。むしろそちらが先の意味として付与された?「本来」「本気」「本能」「本調子」「ほんの(少し)」など。


「調子」「具合」「場合」「結構」「間違い」「出掛ける」「お陰で」「とっくに(の)」「ほっつき歩く」「ありきたり」「顔ぶれ」「お互い様」etc。


「○○してる場合じゃない!」の「場合」っていうことばの使い方って、なんか不思議、、、と思いません?


 で、こうしたことばも、

《そのことばの「発祥者」が違えば、》

《そのことばとはまた違うことばが、世には定着化していた……?》

 まぁそういう事実もあったかも、ですかね。


 たとえば、一般的な動詞としての「調べる」。

 そのことばは本来、「楽器の調子を整える」からの「整える」という意味で生まれたことばであるらしくて、

 それが派生して、今の意味感覚の「調べる」となっているらしいです。

「調べる」ということばも、なので、過去の日本でのその楽器音楽の文化の影響力が弱ければ、また違ったことばが「調べる」のことばポジションに君臨していたんでしょうね。


 音楽文化とは関係ないことばだけれども、他のことばでも、たとえば「主人公」ということばも、場合が違っていれば主人公ポジのことばにはなれなかったことばだったりしてたんでしょうね。

 そうした事例も、私の知らないところでありすぎるくらいに非常に多くあることでしょうし、見方を変えれば、むしろそうした成り立ちでしかできてないのでしょうね。「ことば」(≒「定着ことば」)というのも。

 自然物の名称や、ヒトとしての所作・行為におけるモノゴトの名前なども、まさにそうした事実の組み合わせなんでしょうね。


 または、古めの時代小説や古文書を読んでみれば、まだ幾ら以上もこうした例も出てくるんでしょうね。そこではまた、単語のみならず、接続詞や感嘆詞や、語尾、日常ことばの言い回し、等々。

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