第36話 暴走



  「お前、いい加減に……しろよっ」


 あれからどれだけ戦っただろうか、気づけば周りは地獄だった。地面は小さなクレーター、森は火の海で呼吸するだけで喉が焼けてしまいそうだった。


  「………………」


 主人公君は、多くの感情を捧げた結果無情となった。喜怒哀楽は完全に消え失せた人間は、はたして何を考え、何のために戦っているのか。


  「―――――いかづちノ巫女」


 その名を唱えた瞬間、夜の静寂は死に絶えた。主人公君の後ろに雷が落ち、落ちた場所から白銀の衣を纏った「巫女」が姿を現す。それは慈悲を排した雷霆の化身。


 巫女が腕を空へ掲げると、雲は黒くなり嵐を巻き起こす。


 腕を振り下ろしたと同時に、雷が降る。


 落ちたのではない、俺めがけて無数の雷が降っているのだ。何度も何度も俺の守りである星雲の殻ネビュラ・シェルに降ってくる。


 ピキッと音が聞こえた、上を見るとヒビが見え壊れ始めていることが分かった。


 「チートかよ……!?」


 『滑走』でその場から急いで離れ、落ちていたいくつかの石に『挑発』を付与することで一時的にヘイトを躱し木の裏に隠れる。


 「ぜぇ……っ、はぁ……っ、……っ!」


 喉の奥が鉄の味で満たされる。呼吸のたびに、熱を帯びた煤(すす)が肺胞を直接焼いていく感覚に顔を歪めた。


 全身の毛穴という毛穴から冷や汗が吹き出し、制服は汗と返り血で肌にどろりと張り付いている。アニマを酷使しすぎたせいか、指先は自分の意志を離れて細かく震え、視界の端が火花の明滅のようにチカチカと歪んでいた。


 「……っ、ふざけやがって。感情を捨てて機械にでもなったつもりかよ、あいつ……」


 震える手で膝を突き、何とか崩れ落ちそうな体を支える。


 『挑発』を付与した石が巫女の雷撃に粉砕されるたび、大気を裂く爆鳴が脳髄を刺した。休ませてなどくれない。夜の森を支配するあの無慈悲な白銀の光が、すぐそこまで迫っているのを感じていた。


 「なんでだろうな、数時間前は激しかった俺の心は今じゃ何も感じない。何が俺をそうさせたんだろうな………お前にはわかるか?」


 さっきまで黙っていたくせにいきなり淡々と話しかけてくる。こいつの情緒が分からないったらありゃしない。


 「そらお前……怒り捨てたからだろ、戦いすぎて頭おかしくなってるぞ」


 「……あぁ、そういえばそうだったな。何故か直近の記憶がなくてな」


 こいつ、もう能力を扱っているとかじゃなかった。能力に操られていたのか!?

 

 以前、夢の中で能力を試しているとアーマトから話を聞いたことがある。能力には本人とは別の意識、もう一人の自分みたいなのがいる。アーマトが一つの例だ。だが全部の能力がアーマトのように主と仲良くするわけじゃない。強さを欲すれば欲するほど能力は主を乗っ取ろうとする。


 そう、今の主人公君は能力に半分くらい乗っ取られている。ゆえに能力が勝手に御門謙真の『記憶』を捧げ強くなっているのだ。


 「アーマト!聞こえるか!あれどうしたらいいんだ!正直、勝てる気がしない!お前ならわかるだろ!」


 俺自身がどうにもできないなら、唯一の頼みの綱であるアーマトを頼ろうとしたが「僕に頼るな、自分でなんとかしろ」とそっけないことを言われそれ以降何度呼び掛けても返事が返ってくることはなかった。


 「誰に話しかけている?」


 「気にすんな、イマジナリーフレンドだ」


 吐き捨てるように応えながら、俺は木の陰から御門の様子を盗み見た。無機質な表情で立ち尽くす彼の姿を捉えた瞬間、俺の背筋に「爆ぜる」ような悪寒が走る。


(……なんだ、あれは)


 違和感の正体はすぐに判明した。


 御門の輪郭が、夜の闇に溶けるようにして不自然に揺らいでいる。いや、溶けているのではない。彼が雷を放ち、能力が暴走を加速させるたびに、その肉体が端からパラパラと灰のように崩れ落ち、虚空へと消えているのだ。


 指先が削れ、肩の肉が削げ、その断面からは血さえ流れない。

 

 記憶という形のない代償だけでは、もはやあの「巫女」を繋ぎ止めておけないのだろう。とうとう彼は、自らの肉体という最後の資産を天秤にかけ始めていた。


 「そこまでして、勝ちたいのかよ……」


 削れていく体と引き換えに、巫女の纏う白銀の輝きはますますその神々しさを増していく。


 自己犠牲の極致。それはもはや、勝利への執着というよりは、己という存在そのものを燃料にして燃え尽きようとする、悍ましい焼却炉のようだった。


 「どうして、俺は戦っているんだ………そこの君、教えてくれ、俺は、なぜ戦っている………?」

 

 もう、俺のことも忘れているのか。その事実がどこか寂しさを覚える。


 (お前は、主人公ではないんだな)


 正直どこか御門に期待していたところがあった。漫画の主人公みたいなこいつなら、俺の運命ごとすべてを救ってくれるんじゃないかって。


 しかし、目の前にいるのは主人公などではなく意識のない肉体、死体同然の男だ。


 ならば、俺が救ってみせよう。存在そのものが悪の俺が、主人公を。


 刀を構え、臨戦態勢へと入る。出し惜しみはしない、していたらこっちが死んでしまう。


 「―――――骸の編み糸、『鎖』×『ゴム』」




このゲームが終わるまで、残り5分

 


 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る