第19話 説教

 理事長室。


 今日、俺たちは理事長、白羽しらは秋奈あきな先生に呼び出されていた。

 彼女は執務机に背を預けるようにして立ち、その姿にはどこか威圧感すら漂っている。

 プライベートでは結構適当なくせに、こういう場になると途端にそれっぽくなる。

 さすが元女優。場面に応じて、きっちりスイッチを切り替えてくる。


「二人とも、なぜ呼び出されたか分かるかしら?」


「……まあ……」

「……一応……」


 反射的に二人は答えたものの、その声にはわずかな躊躇いが混じっていた。


「学校では敬語!!」


「「はい、申し訳ありません!!」」


 理事長はこめかみに手を当てて、ため息をついた。


「はあ……まあ、あなたたちが付き合ってるなんてでたらめ噂くらいなら、まだ想定の範囲内だけど」


 いいのかよ。ダメだろう。


「少なくとも同棲のほうはまだバレてないみたいだし」


「同棲って言わないでください! あなたがそれを言うんですか!?」


 ルナがツッコミに入る。俺はただ諦めな顔でため息をつく。

 一応は間違ってないか。


「幸い、君たちは優等生で成績も優秀だし、これまで学校に迷惑をかけたこともないから、先生方はこの噂をある程度受け入れ、あまり問題視していない。ええ、幸いにね」


 なぜ二回言うんですか?

 その「幸いに」に、妙な圧を感じるのは気のせいじゃないだろうな。


「ご理解いただき、ありがとうございます」


 しばらくして、理事長の表情が少し曇った。先ほどまでの「理事長」の顔が崩れる。今そこにあったのは、昔から俺たちが知る女性だ。


「本当に大丈夫なの? もし何か問題があれば、私が――」


「理事長先生」


 何を言おうとしているか分かっていたので、少し笑みを浮かべながら言葉を遮った。ルナも、同じように少し微笑んでいた。その先を聞いてしまえば、今以上に甘えてしまう。


「俺たちなら大丈夫です」

「私たちはもう子どもじゃないですから、二人でなんとかできます」


 言葉にすることで、自分たちに言い聞かせるような感覚があった。


 理事長は、ほんの一瞬目に光を宿したかと思うと、そっと目を閉じた。


「そうね……」


 と。


「でも、だからといって君たちを一人で戦わせるつもりはないわ。どんなに自立していても、未成年の間は私の責任よ。何か必要なことがあれば、遠慮せずに言いなさい」


「「はい、ありがとうございます」」


 もう一度頭に浮かんだ。俺たちは本当に恵まれてるんだなーって。

 当たり前のようでいて、決して当たり前じゃない環境。それを改めて思い知らされる。


「それはそれとして。君たちはね……自立したいっていう気持ちは分かるけど、たまにはちゃんと親に連絡しなさい。どれだけ心配してるか、分か――」


 ええー、説教まだ終わらないのか?

 あと何時まで聞いてんのそれ。


 ◇◇◇


 帰り道。


 夕方の空は、昼間とは違って少し柔らかい色をしていた。校門を出る生徒たちの流れに紛れながら、俺たちは並んで歩く。


「さっきの言ってたこと、どういう意味なのかしら?」

「わからん」


『ただの提案かもしれないけど……もしかすると、君たちが心を開くのをためらっている理由の一つは、お互いに頼り合うことに慣れすぎているからかもしれないわね。たまには新しい人を迎えて、新しい環境を作るのもいいんじゃないかしら』


『は……?』『えっ……?』


 理事長室からの帰り道、俺たちは先ほど部屋を出る直接に思い返していた。あれが一体、何を意味していたのか。


 新しい人。

 新しい環境。


 そんなものを、今さら?


 気分を変えるように、ルナは小走りで少し前に出て、くるりと振り返った。夕日に照らされたその姿は、どこかいつもより軽やかに見えた。


「せっかくだし、夕飯の買い出しでも行こ?」


「お、いいね。今晩何作る?」


 考えすぎるのをやめるように、俺も軽く返す。


 そんな感じで。ひとまず問題のことは少しだけ脇に置いて、いつも通りの日常を過ごすことにした。

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