報復の価値⑥

 変わらず足早に走る継人にようやく追いついた。


「継人さん……被害者なんですか。十五年前の事件の」


継人が答えることはなく、真っ直ぐ前を向いて歩いていた。


「新しい情報が、欲しいんじゃないんですか」


一瞬、その足並みが緩んだ気がした。


「〝一家毒殺〟――すみません。先ほどの職員の方が広げていたファイルの、新聞の切り抜きが見えてしまいました」


頭一つ上から、ギロリと視線が落ちてきた。


「だったら、なんだ。お前には関係ないだろう」


私には関係ない。しかし――


「継人さんの犯罪の手助けをしたいわけじゃないんですけど……」


「何が言いたい」


嫌悪感を露わにし、こちらを睨みつけながら言う。


「お前に何ができる?誰も手を貸してくれない。貸そうともしない。この国で助けられるのは、自分ひとりだけだ」


黒く、重い言葉をぶつけられ、想像以上に身体が揺らぐ。


唇を噛みしめ、腹に力を込める。

ぐっと堪えて、私は続けた。


「〝事件〟じゃなく〝家族〟のことを調べたほうがいいんじゃないですか。犯罪のデータは限られているし、他の視点を当たるべきです」


祖父が言っていたことだった。

その昔警察は、まず〝捜査〟をするのだと。


継人は足を止めて、黙っていた。


「――わかった」


再び歩き始める。


「お前の案を採用してやる。ただし」


もう一度こちらに視線を向けて、はっきりと私に聞こえるように言う。


邪魔をするな」



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 電車に乗り、降りた駅の目の前にある、区役所へやってきた。


その家族のことを調べるとなれば、戸籍。

そこに行き着くのは、自然な流れだった。


建物の中に入ると、犯罪窓口と漂う空気の色は似通っているものの、どこか柔らかい雰囲気があった。


柔らかい声で番号を呼ぶアナウンスが、どこか人を安心させる響きをしていた。


入口にある館内図に視線を落とす。


『戸籍・住民票・証明書』


と書かれている窓口を見つけた。


「継人さん。たぶんここに行けば――」


言いながら継人の姿が横から消えていることに気が付いた。


辺りを見回し、長身の男が、私の見つけた窓口のほうへ歩いて行く後ろ姿が見えた。

私は早足で追いかける。


追いついたとき、彼の手にはすでに窓口の整理券が握られていた。

そうして、窓口近くの待合場所へ腰掛ける。


「もう一度だけ、言っておく」


私が横に座ると継人は口を開いた。


「絶対に、何があっても、俺の邪魔をするな」


真っ直ぐ窓口へ目を向けたまま、声だけは私を捉えていた。


「わかりました。約束はできませんが。わかりました」


継人の憤りが漏れ出ているのを感じた。

その勢いのまま、声を出しかけていた瞬間。

「お待たせしました。152番の番号札をお持ちのお客様。4番の窓口へお進みください」


自動で流れるアナウンスが、継人の順番を知らせた。


どのみち今の私は、継人も、自分自身すらも抑えられる自信はない。


内心、アナウンスに救われたような気持ちになり、二人で窓口へと向かう。


「お待たせいたしました。今日はどうされましたか」


外は秋の風で冷え込んでいたが、職員の男性はノーネクタイのワイシャツの、腕をまくって対応していた。


「戸籍を」


継人は一言だけそう言う。


「戸籍を……どうされますか?住民票でしたら――」


職員が言い終わる前に、継人は席に据え付けられたボールペンを、右手で素早く握りこんだ。

そして左手は職員の胸ぐらを掴んでいた。


映像が脳に到達したとき、彼の首元へ、継人が握ったボールペンが突き立てられていた。


私よりも数秒早く、職員の脳が回り始める。

胸ぐらをつかまれたまま、両手を顔の横まで上げる。


「な、何が目的ですか?」


舌がもつれながらも、はっきりと彼は言う。


それを聞いて私はようやく状況を理解する。


しかし――


理解したからこそ、私は動けなかった。

いや、動くことができなかった。


――脅迫。


昨日私が取った行動と同じだったからだ。


「ここで正規の手続きをしたところで、俺が戸籍を調べられる範囲は限られてる」


職員は小さく頷く。


「おっしゃる通りです。では、」


遮るように継人は言う。


「だから、紹介しろ」


私は固まったまま、その言葉の意味を追いきれなかった。


職員は、手を挙げたまま、下唇を噛んでいる。


「あるのはわかってる。〝店〟を紹介しろ」


職員の目線が、机に落ちる。


「わかり……ました……」


下を向いたまま、くぐもった声が聞こえた。

挙げていた右手を、机の下へ伸ばす。


胸ぐらを掴む左手に、さらに力がこもる。


「――こちらです」


声とともに机の上に小さな紙が一枚置かれた。


名刺ほどのサイズで、緑地のモノクロでデザインされた、薄いチラシのような紙だった。


『代行サービス』


そう、大きく書かれた文字と、その下に小さく住所が書かれていた。


それを見た継人の左手は、完全に緩んでいた。


「ああ、悪いな。――ありがとう」


最悪のお礼を告げると、継人はボールペンを戻し、紙を受け取り、すぐに入口のほうへと歩いて行った。


『【犯罪庁】犯罪発生のお知らせ【東条継人様/犯罪認定/脅迫罪/暴行罪(軽微)】相当報償券:40枚を使用いたしました。2026/4/16/12:21』

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