第4話 ユリエにDM

 仕方ない、おれは机に向かった。ノートを広げて国語の教科書を開いて、後ろの方にまとめてある漢字を書き写す。二十字を五回ずつ書いて飽きた。パソコンを立ち上げた。ワードに漢字をコピペして「これ課題です」と提出してみようかと思いついた。ため息を吐いた。

 時計を見ると二時十五分くらいだったな。五時間目が終わった時間だ。パソコンからLINEを送れないかと思ったが、止めた。ユリエのことを少し考えた。

 おれは机に向かったまま、シャーペンをぼんやり眺める。ハッチャンが指先で器用にシャーペンをクルクル回していたのを思い出した。美術の時間だったかな。おれが、それどうやるのかって尋ねるとゆっくり解説してくれた。重心をどうとか、指先のフォームがどうとか。思い出せなかったから、YouTubeで検索してみた。解説動画があったので、ショートを幾つか見た。それから自分で練習した。何度も机の下に落としたけれど、十回に二回は成功するようになった。

 ハッチャンがあんなふうに出来るようになるまでには、いったいどれくらい練習したんだろうかって考えて、可笑しくなった。シャーペンを持って振り返ると、鏡に自分の姿が映っていた。もっさりとしたトレーナー姿のおれが、ぎこちなくシャーペンのバランスを取っていた。おれはゆっくりシャーペンを置いた。




 突然、家電が鳴った。そのまま切れてしまえば良いと思いながら、ゆっくりリビングに向かった。途中で、学校からかも知れないと気付いて、焦ってテーブルに足をぶつけた。出ると担任の亀山からだった。

「はい」

「お前、さっき居なかっただろ」

「あ、食事を」

「だから…まあ良い。取り急ぎで申し訳ないが、お前、梶原が公園の噴水のところで走ってる動画持ってるか?」

「いや、なんすか?多分、持ってないす。でも分かんないす」

「良いんだよ、謹慎してるヤツはもうそれ以上どうこうなるわけじゃないんだ。だからシンプルにイエスかノーで。持ってるか持ってないか。持ってるなら誰からもらったのか」

「今、スマホないんで分かんないす」

「だからよ、面倒くさいな、持ってるんだろ。梶原が噴水の周りを走って女の子の銅像に話しかけてる動画」

「誰が言ってるんすか」

「知らん」

「分からないっす」

 亀山がため息を吐いた。

「まあ、良いよ。思い出したら教えてくれ。誰がいつ送ってきたか。それから、食事は用意しておいてくれって親に。家から出ないのが謹慎だからな。謹慎が延びたりしたら嫌だろ?」

 電話を切ったおれは自分の動悸が早くなっていることに気付いた。梶原の動画なら持っている。アルパカか誰かから送られて来た。TikTockにアップしようかって思ってるっていうから、制服はまずいんじゃねって言ったんだ。

 おれは部屋に戻って写真フォルダを検索してみた。動画はあった。でも本当にどうってことのない動画だ。放課後の傾いた日差しが画面斜めに光ってた。梶原はその光と遊ぶ野ウサギみたいに飛び跳ねている。

 なんで亀山はこんなどうでも良いような動画のことを尋ねてきたんだろう。おれには分からなかった。なにが分からないのかも分からなかった。

 おれの頭の中で、蜂が飛び回るような音が聞こえた。ずっと聞こえていた音に、今、気がついたのかも知れないとおれは思った。

 気がついたら靴を履いてコンビニに向かっていた。

 レジに立っていたのは知らない男だった。

 おれはユリエにインスタのDMで、亀山からの電話のことを教えた。すぐに「今から行って良い?」とメッセージが送られてきたんだ。

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