第14話「管理局の調査官」

 調査官は堅物だった。


 背が高い。痩せてる。眼鏡。髪をぴっちり撫でつけてる。制服のボタンが全部留まってる。暑くないのかその格好。


「管理局調査課第3班、ハルトです。本日はお時間をいただきありがとうございます」


「ヴァンだ」


「承知しております。Bランク冒険者、ヴァン。元Fランク。ランクアップ試験は攻撃0点、防御測定不能。所持魔道具はランタン、指輪、コイン。鑑定結果は『未分類特殊魔道具』。改変痕跡17層——」


「よく調べてるな」


「報告書が24ページありましたので」


 24ページ。鑑定士の帳面7冊分がちゃんと報告書になったんだな。ご苦労なことだ。


「早速ですが、魔道具を拝見してもよろしいですか。規則ですので」


 規則。この人の辞書には「規則」しかないのかもしれない。




 ギルドの一室。鑑定士のときと同じ部屋。壁の木目はやっぱりつまらない。


 ランタンを出した。指輪を外した。コインを3枚並べた。


 調査官が検査用の魔道具を取り出した。鑑定士のとは違う。もっと精密な装置。水晶じゃなくて金属のフレームに魔力計測器が埋め込んである。管理局仕様。


「失礼します」


 検査が始まった。


 鑑定士は学者の目で見てた。調査官は違う。事務処理の目。効率的に数値を計測して、帳面に記録して、次に進む。感動がない。純粋な業務。


 それはそれで楽だ。「何者ですか」とか聞かれないから。


 30分で検査が終わった。鑑定士は4時間かかったのに。効率が違う。


「結果を報告します。改変痕跡17層、鑑定報告と一致。禁制認定基準には該当しません。しかし、既存の分類カテゴリにも該当しません」


「知ってる」


「登録としては『未分類特殊魔道具』で処理します。管理局のデータベースに登録されますが、使用制限は設けません」


 使用制限なし。いいニュースだ。


「ただし——」


 また「ただし」か。


「定期的な報告義務が発生します。3ヶ月に1回、魔道具の状態を報告してください」


「誰に」


「私にです。担当として割り当てられましたので」


 担当。この堅物が。3ヶ月に1回、この人と会うのか。


「報告の形式は書面でも口頭でも構いません。規則ですので」


 また規則。




 検査が終わって、食堂に移動した。


「飯食っていいか」


「もちろんです。経費で」


 経費。神か。


 焼き魚定食を2人前。調査官の分も頼んだ。


 調査官が焼き魚定食を見て、一瞬だけ顔が緩んだ。堅物にも人間味がある。


「美味しいですね」


「だろ。この街にいる理由の8割がこれだ」


「……残りの2割は」


「家賃」


 調査官が真顔で帳面にメモした。「行動動機:食事。補助動機:家賃」とか書いてるんだろうな。




「ヴァンさん。1つ、業務外のことを伺ってもよろしいですか」


「何だ」


「近隣で魔法の不正改変が複数報告されています。農地の成長魔法、牧場の結界、配達経路に紛れた禁制品。——あなたの活動範囲と重なっています」


 来た。これが本題か。


「俺がやったと?」


「いいえ。あなたがやったのは修復のほうだと認識しています。問題は、不正改変を行っている人物——あるいは組織です」


 調査官の目が鋭くなった。堅物の目じゃない。捜査官の目。


「管理局は、この地域で活動する非認可の魔法実験組織の存在を把握しています。ただし、実態の把握が不十分です」


「それを俺に聞いてどうする」


「あなたは現場を見ています。コードを読んでいます。管理局の調査員より、はるかに多くの情報を持っているはずです」


 否定できない。


 焼き魚定食を食べながら考えた。


 管理局に協力する。組織の情報を渡す。引き換えに——何がもらえる。


「条件がある」


「伺います」


「飯代を経費にしろ」


「……は?」


「俺が組織の情報を渡す。その代わり、管理局の経費で俺の食事代を持つ。今後の調査にかかる分も含めて」


 調査官の顔が固まった。


 24ページの報告書を書く男が、初めて言葉に詰まった。


「……規則上、協力者への経費支給は認められています。食事代が調査活動に必要な経費であるという建前があれば——」


「調査しながら飯を食う。必要だろ」


「……必要、です、ね」


 認めた。渋々だけど認めた。


「では、お話を聞かせてください」




 話した。全部じゃないけど、必要なことは。


 転送陣の部品の特徴。コードの癖。各地の実験の共通点。監視とデータ送信のパターン。


 調査官が帳面にすごい速さで書いていた。


「……これだけの情報があれば、かなり絞り込めます」


「組織の全体像は?」


「各地に拠点を持つ非認可の魔法研究団体。規模は不明。目的も不明。ただし、転送陣の完成を目指していることは確実です」


 転送陣。国が管理する高等魔法。それを民間で——非合法に作ろうとしてる。


「何のために転送陣を」


「それが最大の疑問です。転送陣が完成すれば、理論上、任意の場所に物資と人員を送れる。軍事利用が最も懸念されますが、断定はできません」


 軍事利用。重い話だ。焼き魚定食の味が遠のく。


「俺の協力はここまでだ。後は管理局の仕事だろ」


「ありがとうございます。報告書は——」


「何ページだ」


「概算で38ページです」


 増えてる。24ページが38ページに。この人、ページ数で成果を測るタイプか。




 調査官が帰った。


 食堂で焼き菓子をかじった。経費で。


 管理局に情報を渡した。これで少しは管理局が動くだろう。動いてくれれば、組織がこの辺で活動しにくくなる。そうすれば——


 焼き魚定食が安泰。それが最終目標。


 目標がシンプルすぎて自分でも笑えるけど、ブレないのは大事なことだ。


 明日から普通の日常に戻れるといいな。


 戻れる気がしないけど。

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