第四十二話 神の談、始まる鍛



 山沢やまさわ県、野寺やじ市にある、イージス本部の建物。


 そこの最上階、会議室にて、綺麗に並べられた机には人が点々と座っており、常人なら逃げ出したくなるような、独特の静けさを纏っていた。


 その中でも、上座に座った、少し細目の青年が眉間に皺を寄せながら、入ってきた荻澤おぎさわ 亮海りょうみ深谷ふかや けいを睨みつけた。



「んな事言ったって、こちとら一関いっせきの事後処理だったり調査で手一杯なんすよ〜? ちっとは大目に見てくださいよひろさん〜」



 荻澤は少し引き攣った笑顔を浮かべながら、椅子を引く。


 その椅子は背もたれが高く、ずっしりとした黒い厚皮に覆われていた。座ると、包み込むような弾力が体に染みていく。



「お前ら尋さん怒らせんなよ? ただでさえ大半が遅刻だってんでピリついてるのに...」



 深谷と共に座った彼の隣で、少し青くなった顔を向けてきたのは橋波羅はばら そうだった。



「だ〜か〜ら〜、俺も繋も、一関の関連のでゴタついてたのよ〜」



 椅子の背もたれに全体重を預けながら口を尖らせる荻澤。



「いやはや、先輩方は流石ですね! ギリギリまでご自身の職務を...」



 荻澤の丁度向かいに座った、ツンツンとさっぱりした髪型の青年が、少し鋭い印象を与える瞳を輝かせて言った。



「いや、こういうのになっちゃダメだからね!? 真牙しんが君!」



 羨望の眼差しに、得意げな顔を浮かべている荻澤を、橋波羅がすかさず横から遮る。



「鍛錬の方は、捗っているのかい?」



 深谷が、正院しょういん 真牙しんがに眉を上げながら尋ねる。



「そうですね。部隊の結束力も上がってきていて、とても良い感じです。まだまだ駆け上がっていきます!」



 道着のようにカスタマイズされたイージスの隊服を着こなした正院は、張りのある快活な声を会議室に響かせた。



「私語はそこまで。これより、本日の会議を執り行う」



 先程、遅れてきた荻澤と深谷を咎めた青年、仙崎せんざき 尋和ひろかずが、少し重い声で言った。



「待てよ、姿が見えねぇ奴らがいるぞ?」



 上座の近くに座った、オールバックの赤髪が目を引く青年が少しぶっきらぼうに言う。



「そんな事を言っていてはいつまで経っても始められん。現時点で出席している神級しんきゅうのみで始める」



 イージス所属の神級戦士は、合計で十二人。その内の九人が、ここに集まっていた。


 仙崎に聞いた男、神村かみむら 燃一ねんいちは、フンと息を鳴らして、椅子にもたれた。


 

「まずは深谷、一関での様子を簡潔に頼む」



 深谷は軽く頷きながら話し出す。



「まず内部、私の闇のような、影と同系統、あるいは光のような相反する性質の神力者しんりょくしゃでないと、入った瞬間に、神力獣しんりょくじゅう化する可能性が高い」



 淡々と、当時の状況を話す深谷。


 全員が神妙な面持ちで聞いている。



「影による空間支配術、そして、人間の大量神力獣化...」



 仙崎が顎に手を当てた。



「間違いなく、シャンドムという神力獣は、裏で人間と繋がっているとみて間違いないな...」



「それも相当な科学力や知識を持っている...ね。全く、いつかの事件の音色を思い出すわねぇ...」



 横から、紫とピンク色のグラデーションの入った、一際目立つ長髪の女、楽奏がくそう 心音ここねが、彼に同調するように遠い目をした。



「...清浜での?」



 放たれた荻澤の声色が鉄塊のような重みを帯びた。


 その地名が出た瞬間、神級たちの空気も共に鋭くなる。


「そうよ。確かあの首謀者の子、科学力もピカイチだったんでしょ?」


「また、似たような件になっている...そう言いたいのか?」


 楽奏の言葉に、腕を組んだ黒い短髪の女性が聞き返す。



鎮里しずりちゃんご名答〜。本当に、嫌な音色だわ」



 不快そうな顔を浮かべた楽奏は、椅子の背もたれに深くもたれて、静動せいどう 鎮里しずりにヒラヒラと手を振った。


 重くなった空気を裂くように、仙崎が口を開く。



「...レイジの隊員たちはどうなった」



 彼は表情一つ変えずに、荻澤たちの方向へ顔を向けた。



「龍月も翡翠も、重傷ではあるけど既に目覚めてるよ...問題は...」



 荻澤は目を細めた。



「虹の神力者か」



 彼は、仙崎の言葉に少し眉を歪めた。



「その呼び方がイマイチ気に食わないけど、その通りだよ。また、前のウジウジに逆戻り」



「...虹憐刀こうれんとう炎殲えんざん。本来であれば即回収対象の醒剣を二振りも置いているのだ。そんな状態では困るぞ」



 呆れたようにしながらも、苦笑いを浮かべる荻澤に、仙崎は冷たく言い放った



「何でも規則に照らし合わせて愚痴ってくんだから......分かってるよ」



 苦笑いを浮かべる荻澤を、仙崎は冷ややかに見据えると、一関市の資料に目を落とした。



「......では、一関市に現れた空間の調査及び、今後の影の神力獣の迎撃体制についてだが――」



 しばらくして、高かった太陽はいつの間にか傾き、会議室に赤い光を差している。


 一関市の今後の対応などを話し、神級の会合は終わった。


 任務へ足早に去っていく者、談笑する者など、その後の動きも様々。


 荻澤は、席から立ち上がった正院を呼び止めた。



「真牙、ちょっと頼みたいことがあるんだけど...良いかな?」



「はい? なんでしょうか!」



 ――――



 真っ暗な部屋の中、機械的な音だけが鳴り響いている。もう嗅ぎ慣れた独特な消毒液の臭い。


 楓奏ふうそう 翔風はやては、ただ天井を見つめていた。


 その時、ドアが開く乾いた音がし、廊下の明かりが部屋の中に入ってくる。



「や、翔風」



 荻澤は、笑みとも取れぬ複雑な表情を浮かべながら片手を上げた。



「怪我も大分治ってきて、そろそろ退院の時期だよ? シャンとしないと〜」



 手探りでスイッチを探し、電気をつけた。ベッドに横たわっていた翔風の顔は、死人のようだった。


 目も虚ろで、電気がついても微動だにしなかった。



「......全部...無駄だったんですかね」



 消え入りそうな言葉で、ボソリと呟く翔風。



「――弱いな。力も、決意も、何もかもが」



 脳内で、シャンドムの言葉がまとわりつくように反芻される。



「何も、届かなかった...!!」



 布団の上に投げ出された手は、ぐしゃりとシーツを握り潰した。



「これまでずっと、アイツを倒す為に鍛えて、戦ってきたはずなのに...! 結局無駄――」



「今、生きてるじゃん」



 その一言が、病室の空気を震わせた。



「かつての君は、シャンドムと遭遇すれば、こうして打ちのめされることさえ出来なかったでしょ?」


「何も、無駄だった事なんて無いよ」



「でも......」



「生きているのなら、まだ戦える。次がある」


「むしろ、目指すべき目標が、再認識できたんじゃない?」



 病室に沈黙が降りた。


 荻澤の言いたい事は、翔風には十二分にわかっていた。かつて自分が決意したものだったから。


 だが、彼の頭には、一関市にて消し飛んだ人々や街、右腕を失った瑛士、そして届かなかった刃がこびり付いて離れようとしない。



「次なんて...そんな簡単なものじゃ...」



 無意識に口走った言葉と共に、シーツを握り締める手は白くなる。



 逃げ場のない絶望を垣間見るように、荻澤は小さく息を吐き、口を開いた。



「よし、分かった」


「ザ・レイジは、しばらくの間、活動休止!!」



 虚空を見つめていた翔風の瞳が、初めて明確に揺れ動く。



「え...? な、なんで...」



「君には神級戦士、正院 真牙の元へ行ってもらう」



「誰...じゃなくて、どういう事ですか! なんでレイジが...」



「理由は簡単。修行だよ」


「君が出来ることは、目指すべき目標に向かって、ただ走るだけ。でも、今のままじゃ足りない」



「分かってますけど...! 任務とか、みんなとか...」



 冷や汗が一筋、翔風の額を伝う。



「本来ならね、君の持つ虹憐刀と炎殲は、イージスが醒剣として回収、保管しておくべきものなんだ」



 ベッド脇に置かれた、二振りの武器へ目をやる荻澤。



「君がそんな状態だと、この二本の没収及び、レイジの解散を、上から言い渡される可能性が高い」



 翔風の顔に、明確な戦慄が走った。



「君だけじゃない、全員が強くならないと、レイジっていう場所そのものが消えることになる」



 翔風は開きかけていた口を閉じ、言葉を失って俯いた。


 自分の弱さが、今まで作り上げてきた、仲間たちとの居場所まで奪おうとしている。


 その事実が、シャンドムへの恐怖を焦燥という名の炎が照らしていく。



「任務や他のメンバーなんかは、俺たちに任せて、君は思う存分、強くなっといで」



 荻澤は翔風の肩を、少し強めに叩いた。



「君の今やるべき事を、見誤んないでよ?」



 荻澤はそれだけ残し、背を向ける。


 乾いた音が響いたのを最後に、病室からは光も音も消えた。


 その中で、ベッドの布団だけが乱雑に動いた。



 それから一週間後、翔風は瓦屋根の通りを抜け、空を覆うほど高い生け垣に沿って歩いていた。


 彼が足を止めたその先には、歴史の重みを感じさせる巨大な和風の屋敷がそびえ立っていた。

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