盗賊ナナンザとカノエ遺跡

第11話 「結局盗んでんじゃねえか」

 ルイーゼは悶々としていた。

 フィーネが宿に帰ってきて、リーフの笑顔も戻ってきて、これで一件落着……かと思われた。

 いや、実際すべて丸く収まったのだが……。


「あ、ルイーゼさん! シーツ畳んじゃいますね!」

「ええ、ありがとう……」


「ルイーゼさん! 朝ごはんができましたよ〜!」

「今から行くわ……」


「ルイーゼさん、こちらに部屋着置いときますね!」

「よ、用意がいいわね……」


 ルンルンと鼻歌を歌いながら業務をこなしていくフィーネ。

 勇者として世界を救うよりも、小さな宿屋で下働きをする方がよっぽど性に合っているようだ。

 そして身の回りの些事をフィーネやリーフにお世話してもらっているルイーゼはと言うと……。


(……情けない……)


 どうやら、この状況下でふんぞり返れるほどの器では無かったようだった。


⭐︎


「ハル、私、最近悩みがあってね」

「お、自分探しか? いいじゃないか。北の果てでもどこでも行って自分が何者なのか見極めてこい。8000年くらい」

「二言目には追い出そうとするのなんなの?」

「一言目からずっと帰れって言ってますけど」


 ルイーゼから神妙な面持ちで話を持ちかけられたので、とりあえず若者特有のアレだろうなと思って適当にあしらった結果、じっとりと睨まれた。

 時刻は朝。宿屋でパタパタと働くリーフとフィーネの足音を聞きながら、俺は広間でのんびりと客を待っていた。

 いかにも管理職という感じで大変心地がよかったのだが、落ち着いたのも束の間、ルイーゼに捕まってしまった。


「いい、ハル、よく聞いて? 今からとっても深刻な悩みを打ち明けるから」

「悩みを持つような人間には見えないが……まあ聞こうじゃないか」

「私……この宿に来てから、ずっと休んでるだけじゃない」

「そうだな」

「どう思う?」

「どう……って?」

「だから!」


 ルイーゼは身を乗り出す。


「フィーネやリーフちゃんが毎日働いてるのに、私だけ部屋でのんびりとしてたら、まるで魔法以外なにもできない能無しみたいじゃない!」

「!……」


 ……それは……。


っていうか実際そうだろ」

「〜〜〜〜!」


 頰を膨らませて腕をブンブン振るうルイーゼ。

 自分から事実を陳列しておいて、肯定されたら激昂する。果てしなく面倒な奴だ。


「あり得ないわ……この世で最も強い魔法使いである私が、こんなしみったれた宿屋で何もせず腐っているなんて……」

「強引に宿泊しといて酷い言いがかりだ……」


 そろそろ本気で怒ろうかな。


「まあ、ルイーゼ、別に悪いことはしてないし、いいんじゃないか? ちゃんと宿代という対価は払ってるし」

「お金だけの関係ってこと……?」


 ルイーゼがうるうると瞳を滲ませた。

 さすがにちょっと可哀想だな、と思いつつ。


「そうだけど」

「肯定された! もっとこう……なんか……友情とか……信頼とか……お金を超えた繋がりは無いの……⁉︎」

「ないです」


 ムギャー! と奇声を上げるルイーゼ。

 そのまま俺に掴み掛かろうと立ち上がった瞬間。


「こんちゃー! やってますか〜?」


 玄関の方から威勢の良い声が聞こえてきた。


⭐︎


「はじめまして〜! 私、ナナンザ。よろしくね⭐︎」


 広間の椅子に腰掛け、笑顔で挨拶する、ナナンザと名乗る少女。

 肩とヘソを曝け出した軽装をしている。ゲームの砂漠エリアとかで出てきそうな格好だ。

 そしてとりわけ目を引くのが——。


「みみがあたまにある」

「そうだよ! 良いでしょ〜!」

「すごーい」


 リーフが目をキラキラさせていた。

 リーフの言う通り、ナナンザの頭には動物の耳が生えていた。

 見たところ虎のような動物の耳に見える。この世界に虎そのものがいるかは分からないが、近しい動物がいるのだろう。

 俺がナナンザから手渡された一泊分の硬貨を数えていたところで、さらにリーフが質問した。


「ナナンザはなにをやってるひと?」


 リーフが素朴な疑問を投げかける。

 ナナンザはフフーンと鼻を鳴らした。


盗賊とうぞくだよ!」

「おっ、憲兵けんぺい行くか?」

「ちょちょちょちょ待って待って」


 ナナンザは明らかに狼狽ろうばいしていた。


「ぷるぷる、わたし悪い盗賊じゃないよ」

「盗賊に良いも悪いもあるのか……?」

「とうぞく、ってなに?」

「人のものを勝手に盗む悪い奴のことだよ」

「わるもの!」


 リーフが声を上げたが、それはナナンザが悪人だと知って驚いたというより、芸能人に会ったかのような高揚感を伴ったリアクションだった。


「コホン、あのねえ、盗賊って言っても色々あるんだよ?

 そりゃあ人のものを勝手に盗る不届き者ふとどきものもいるけどさ、例えば依頼で盗まれたものを取り返したり、あるいは戦場で敵から武器をくすねたり……」

「結局盗んでんじゃねえか」


 弁解しようとして墓穴を掘っている。

 俺がツッコむと、ナナンザは逆上した。


「あーもういいよ! それだったら私のとっておきの特技見せてやる!」

「ほう、俺から何か盗もうと言うのか」

「見ててね、私のとっておき……!」


 はあ〜……! とナナンザは両腕を握って気合を入れる素振りを見せた。

 仮にも忍ばなきゃいけない職業の人間が、たかだか一人の人間から物を盗むのにそこまで目立つ行為をしてもいいのだろうか。


 ——そう、油断した、次の瞬間。


 バチィィィイン!


 ——と、鋭い音が走った。

 次いでナナンザが叫んだ。


「痛ったーーー‼︎」

「⁉」


 一瞬でいろんなことが起きて、俺には何が何だか分からなかった。

 ややあった後、俺は何が起こったのかを理解した。


 ナナンザは、自身の右手を瞬時に振り、俺が握っていた、ナナンザの一泊分の硬貨を奪おうとしたのだ。

 だが、ナナンザが手を伸ばした、まさにそのとき、リーフが瞬時にナナンザの右手をカンフー映画のように蹴り上げたのだった。

 ナナンザは痛そうに手を摩っている。リーフは高く上げた右足を無造作に下ろし、両手をぶらんと垂らした力を抜いた体勢で告げた。


「それはだめ」


 リーフがナナンザに対して怒った。それに伴い、開いていた瞳孔が収縮していく。

 リーフの瞬間的な行動に、正直なところ、俺も呆気に取られていた。

 普段は児童然としているが、これでも魔王討伐の旅団では常に最前線に立って活躍していた少女だ。こと動体視力と反射神経でリーフの右に出る者はそういないだろう。

 ナナンザは涙目で右手をフーフーと吹いている。


「いたたた……もう〜、踏んだり蹴ったりだよ〜〜!」

「まあ実際蹴られたな……」


 可哀想だなあという気持ちはあるが、不思議と罪悪感は湧かなかった。

 なんというか、動物がちょっと不憫ふびんな目に遭っているショート動画を眺めている気分だった。


「もう怒ったかんね! こうなったら私のとっておきの特技見せてやる!」

「さっきも言ってなかった?」

「今度はとっておきの中のとっておきだよ! ヘイ、そこの彼女!」

「私⁉︎」


 ナナンザは、やや離れた位置に立っていたルイーゼに声をかけた。

 会話に混ざりたいけど混ざれないな〜みたいな顔でこちらを見ていたルイーゼだったが、いきなり声をかけられるとそれはそれで困るようで頓狂な声を上げた。

 ナナンザは構わず続ける。


「なあ、ねーちゃん! 良い杖持ってんねえ!」

「もうセリフが完全にチンピラのそれなんだよな」


 この態度で「悪い盗賊じゃない」は無理がある。


「へっ⁉︎ あっ、そ、そうでしょ! 私の自慢の杖よ!」

「いいねえ! そいつ、頂いていくぜ!」

「はあ⁉︎ 渡すわけないじゃない! なに言ってんの⁉︎」

「まあ見てな……」


 ナナンザは右手を強く握りしめた。魔力を込めているのだろうか。

 それからナナンザは右手を振り、そして叫ぶ。


「ファントム・ハンド!」


 瞬間。

 ――ルイーゼが手に持っていた杖が、消えた。


「「「⁉︎」」」


 ルイーゼはもちろん、俺とリーフも目を見開いた。

 ナナンザとルイーゼとはそれなりの距離がある。少なくともちょっと踏み込んだ程度では到底届かない距離だ。

 それなのに。

 


「フフーン」


 ナナンザが口角を上げた。

 今回ばかりは感服せざるを得ない。


「これが私のとっておきの中のとっておき……。

 盗賊スキル、見えざる手ファントム・ハンドだよ!」

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