第6話 迎
「?」
妙な気配を感じて楓が記憶の中から現実に戻る。
勢いよく振り返った後ろには誰も居ない。
じっと闇に目を凝らして辺りを見回すと、一瞬木の影に動物の尻尾が見えた気がした。
「狐?」
呟いたが、狐にしては色が薄い。少し気になってその木の方へ行こうとした楓の背後で繁みが揺れた。
「…楓様?!」
聞き覚えのある声に楓が振り返ると、里の衆が提灯や松明を手に姿を現した。見覚えのある顔ぶれだ。
「どこへ行ってらしたのですか? こんな時刻まで!」
「ちょっと…」
言葉を濁した楓だが、周りからは安堵の声が上がる。
「みんなは何処かへ討伐?」
日が落ちてからこれだけの里の人間が山側へ出てくるのは珍しい。妖退治の命でも下ったのかと聞くと、里の衆の一人が首を振った。
「楓様を捜しに来たのですよ。」
予想外の言葉に目を丸くする楓に口々に帰ろう、と声が掛かる。
「お母上が大変心配されてます。」
母の朱音は心配性なのだ。年若い楓が妖退治に出掛けることにも毎回心配をし、実戦を積んだ今も一人での退治には反対をするほどだ。
「…お祖父様は?」
楓の頭に寡黙な祖父の顔が思い浮かぶ。
「鵠(くぐい)様は大袈裟だから探す必要はないと仰ってました。よく貴女のことを理解しておられる。」
そう笑う声に楓は溜め息を吐く。
理解ではない。どうせ何も出来ない、と高を括られているのだ。
あの変わり者に会わなければ少しは違ったかもしれない。元はといえば祖父の言葉に腹を立てて山に入ったのに、結局何事もなく戻ってきてしまった。
(単なる長い散歩になったってわけか。)
何となく悔しい気持ちに包まれながら、楓は安堵の笑顔に囲まれて残り僅かな道を歩んだ。
「帰ったら、朱音さんからお説教でしょうかね?」
里の衆の一人が話し掛けてきた。砂慈(さじ)という名で、里の数少ない医者でもある。十年程前に里にやってきて以来、楓の一族とも交流が深い。
「多分、そうですね。」
「僕は心配する必要はないと言ったのですけどね、朱音様は相変わらずですね。」
砂慈は歩きながら楓が下りてきた山を振り返る。
「よく桜さんもふらっと山に入ってはいつまでも帰ってこずに朱音さんをやきもきさせていましたから。」
砂慈が懐かしそうに目を細めた。
“帰ったら探してごらん?”
「桜さん、あんな妖ばかりの山に行ったはずなのに帰ってくると、いつもにこにこして…輝いてたなぁ、あの笑顔。」
“探してごらん? 誰かの心の中に生きる姉君を。きっと会えるから。”
流風の言葉が耳の奥で響いた。
「会えた…かも。」
「? どうかされましたか?」
砂慈の中にも桜が生きている。
その事が少し嬉しくて、首を傾げる砂慈を他所に楓は微笑んだ。
里の入り口まであと少し。
行きより幾分か心軽く、楓の長い散歩が終わった。
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