第89話 200年前の 猫狩り神鼠は その「誰か」

(自筆イラスト:夜空とガウンのテレシウス)

https://kakuyomu.jp/users/ugimuro_sashiko/news/2912051596226201162


「なぜ…貴方が…」


固まる私を、また「誰か」はギュッと抱き寄せる。


「何も言うな。」


シリウスの声なのに、シリウスじゃない。


私は、混乱して、「誰か」の腕に包まれたまま聞く。


「貴方、私を「雌猫」って呼んで、殺してもいいって言ってたよね…?

どうして…」


「ハッ…

惚れてる雌猫が怯えていたら、男ならこうするだろうが。


コイツシリウスが阿呆なだけだ。」


と自分の胸元を親指で指す。


「でも、別に貴方は…」


「しばらく黙れ。」


命令口調なのに、なぜか…優しい気がする。

これまで、変化へんげしたときは、あんなに乱暴だったのに…


私は…驚いたことに、素直に「誰か」に身を預けた。


「誰か」は、また、私を抱き締め、

大きな手で私の髪を撫でる。


爽やかな柑橘系の香り…

シリウスの香り…


不思議なほど、私の心のトゲが、ホロホロと溶け、

安らいで、落ち着いていく。


でも、これはシリウスじゃない「誰か」。

心のトゲをすべて、この「誰か」で溶かしてはいけない。


この「誰か」がシリウスの身体であっても

…私が好きで、愛おしく思っているのは…


どんなに喧嘩しても、一緒にいるのが辛くても…

あの、鈍感で、純粋で、奥手鼠の、

世界一かっこいい、馬鹿シリウスなんだから。


私は、「誰か」から身を離した。


「あの…あの…」


「礼はいらん。」


ディモイゼの街の灯りを見やる「誰か」の白銀の髪が、

サラサラと風になびいている。


「…ありがとう…」


「誰か」はフイと私を向いた。


「おかしな雌猫だな。」


「おかしなのは貴方よ。変な人。」


「アッハッハッハ!!!」


シリウスそっくりの笑い声を上げる。


可笑しそうに笑う声を聞きながら、

私は今日、

顔に怪我をしてまで調べ、

ようやく確信した「誰か」の正体を尋ねた。



      「貴方は、テレシウスね…?」



ピタリと笑い声が止まり、ブルーダイヤモンドの輝く瞳が私を見つめる。


「貴方は、200年前の猫族フェリス狩りで、

猫族フェリスを殺戮し、絶滅に追い込んだ、

神鼠しんそテレシウスね?」


「答えるつもりはない。」


「ねえ、テレシウス…」


私は構わず続けた。


「何をしたら、シリウスに戻ってくれる?」


「ハッ!自由な雌猫だな。

そんなもの…」


と言いながら、もう手は私を押し倒している。

しかし、決して乱暴ではない。


「貴様を抱けば、あの阿呆なら、

勝手に戻って来るだろう。」


「…猫族フェリスとはまぐわらないんじゃないの?」


「気が変わった。」


「自由な鼠ね…」


「ハッ!」


私に馬乗りになり、テレシウスはガウンを脱いだ。


「こちらを向け、雌猫」


テレシウスは、服の上から、ゆっくりと私をまさぐり始めた。


「私から目を逸らすな。つまらんからな。」


私は、諦めて、シリウスの顔をしたテレシウスを見つめ、

深く、深く、ため息をついた。


「この服ね、ヴァカンティエのお店でシリウスが買ってくれたの。

私はピンクなんか無理って言ったんだけど、

お店の人が、私でも着れるように、

ほら、この黒いレースとかをあしらってくれて、

…最近、届けられたの。」


シリウスとは違う、余裕のあるテレシウスの手つき、唇が、

シリウスの顔と吐息で、どんどん私を這いまわる。


私は、これはシリウスではないと必死に言い聞かせながら、話し続ける。


「今日はね、3年前…感情の再生リザレクション計画のときに、

大神殿でシリウスと私に講義してくれた教授の、退任祝いだったんだ。」


3年前の光景が目に浮かぶ。

13歳の無表情な…誰よりも輝いていた少年大王。


「教授は、シリウスの講師として選ばれたことが自慢らしくて、

パーティーの間、ずっとそれを喋っていて、すごくおかしかった。

私のことは『忘却』させられてたけど…」


「黙れ…集中させろ。」


「この話をシリウスにしようと思って…

全然似合ってないけど…この服も…見せようと思って…

シリウスなら『よく似合っています』って言ってくれそうだし…

大神殿に帰ってそのまま、シリウスの部屋に…行ったのよ…


そしたら…」


急に、あの光景を見た時の衝撃と苦痛が蘇り、私の声が震える。


テレシウスがピタリと動きを止め、私を見る。


「そしたら…!

あんなの…!!!

…あんなの、ないじゃない!!!!!」


(それは、勘違いだって、リヒトさん!!!)


「ひどいよ!

…ひどいよ!!

私、あの人と同じピンクの服着てさ、

似合わないのに、バッカみたい!!!」


(泣かないで!リヒトさん!!泣かないで!!!)


「あっちはピンクが似合ってて、

美人で、胸も大きいからって!


鼻の下のばして、

胸まで触って…馬鹿じゃないの!!

何よ、私の貧弱な胸なんか、興味持ったこともないくせに!!!」


(持ってるよ!!!

持ってる!!!

興味持ちすぎて困ってるんだ!!!)


「あんなの見せられて、勘違いだとか、誰が信じれる?

勘違いなら、追いかけてくるんじゃないの!?

すぐに追いかけてきて、抱き締めるんじゃないの!?

真実だから、後ろめたくて来れなかったんじゃないの!?」


「違う!!!!!!!!!!!」


急に、テレシウスは私の胸に顔を埋めて叫んだ。


「違う!

違う!!

違う!!!

違う!!!!

違う!!!!!」


そのまま肩で激しく息をして、小刻みに震えている。


「あの人は、急に来たんだ。

私を呼んだでしょうって…


見間違いだ、部屋に戻ってくれって言ったら、

誘ってきたんだ。」


まだ顔は上げずに、私の胸に埋めたままだ。

喋るたびに、熱を帯びた吐息が私の身体に伝わってくる。


「興味のない女性に言い寄られたら、迷惑なだけだ。」


髪の半分は、美しい銀髪に戻ってきている。


…テレシウスは、敢えて、シリウスを戻そうとしている気がした。


「ああ…星が綺麗…

小犬座がよく見える…」


私たちを推すと笑ってくれた、クロエ様の顔が浮かんで消える。


私は、この人の頭を、両手で抱え上げた。


「ねえ、シリウスとテレシウス…


私、ヤブサメ家の養女になるのは、お断りしようと思う。」


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