第6章 それでも立っていた
戦闘は昼を過ぎても続いた。
休む間がなかった。水を飲む間もなかった。口の中が乾いた。唇が切れた。それでも走った。
山道の両側にヴァルガの弓兵が潜んでいた。いつの間に回り込んでいたのか、わからなかった。矢が降ってくる。魔法を帯びた矢だった。当たった者が、音もなく倒れた。
上官が怒鳴った。
「散開。木の陰に入れ」
カインは走った。太い木の幹の後ろに入った。矢が幹に刺さった。木の皮が弾けた。
隣を見た。ゼフが同じ木の幹に背中をつけていた。顔が白かった。口が少し開いていた。
「怪我は」
ゼフは首を振った。
「右手は使えるか」
「使える」
ゼフは言った。
「でも炎が弱くて」
「弱くていい。方向だけ合わせろ」
ゼフは少し固まった。
「わかった」
上官の声がした。
「突っ込む。三秒後」
カインは木の幹から離れた。
一。足が地面を蹴った。二。木の間を走る。三。開けた場所に出た。矢が来た。かわした。横で誰かが倒れた。
ゼフの炎が飛んだ。小さかった。しかし弓兵の目に向かって飛んだ。男がひるんだ。その隙に詰めた。剣が届いた。
続けた。
足が地面を蹴るたびに、ぬかるんだ土が重くなった。それだけが続いた。
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夕方近くになって、ヴァルガの動きが変わった。
後退し始めていた。一人、また一人。魔法の光が減った。声が遠くなった。追撃しようとした兵士が何人かいた。上官が怒鳴った。
「追うな。止まれ」
静かになった。
炎が燃えていた。誰かが倒れたまま動いていた。遠くで、鳥が一声鳴いた。風が吹いた。煙が流れた。山の木が、ざわっと鳴った。地面に血が滲んでいた。泥と混ざって、黒くなっていた。
カインは剣を手に持ったまま、立っていた。周りを見た。手が震えていた。気づいたのは、その時だった。
倒れている者が多かった。動いている者もいたが、立っている者は少なかった。出発した人数の、半分もいなかった。
ゼフが近くにいた。左腕を押さえていた。血が滲んでいた。
「当たった」
と言った。
「矢に。貫通はしてない」
「動けるか」
「動ける」
カインはゼフの腕を見た。深くはなかった。血はまだ出ていた。うなずいた。
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上官が来た。隊を見渡した。無言だった。一人ずつ、確認するように見ていた。数えていた。しばらく経ってから言った。
「生きている者は集まれ」
十七人が集まった。
出発したのは三十一人だった。
上官はもう一度、全員を見た。何かを言おうとして、止めた。また見た。それから言った。
「今日の陣地はここだ。動ける者は負傷者の処置を手伝え。担架を作れる者は作れ。水を探せ。火を起こすな、居場所がわかる」
誰かが
「はい」
と言った。解散した。
カインは動かなかった。剣を下ろした。
焦げた鎧の胸元を見た。炎が当たった場所だった。布が黒くなっていた。革が縮んでいた。指で触れた。熱さはもうなかった。その下の皮膚が、少し赤くなっていた。それだけだった。
ゼフが横に来た。
「それ、直撃だったよな」
「ああ」
「俺、見てた。絶対死んだと思った」
ゼフは声を少し落とした。
「どうやって」
カインは答えなかった。当たった。熱かった。立った。
「……まあ、生きてるならいいか」
ゼフは言った。腕の傷に布を押し当てながら、空を見た。
カインも空を見た。赤かった。山の稜線が黒く切り取られていた。煙がまだ一本、細く上がっていた。
「なあ」
ゼフが言った。
「お前、怖くなかったのか。本当に」
「なかった」
「そうか」
ゼフはまた少し黙った。
「俺は怖かった。ずっと怖かった」
それだけ言って、傷の処置に戻った。
カインは鎧から目を離した。足の裏に、地面の感触があった。乾いてきた泥。踏み締めた。硬くなりかけた土が、靴の底を押し返してきた。
空が、夕方の赤に染まっていた。カインは深く、一度だけ息をした。空気に、焦げた匂いが混じっていた。肺の奥まで入ってきた。
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