キャラクターエピソード5 ノエル ― 脱走、そして秒で捕獲

キャラクターエピソード5


ノエル ― 脱走、そして秒で捕獲


聖女選定会、三次審査終了後。


会場がざわついている隙だった。


壇上の視線がエリカに集まり、観客はチューリップの零点に笑い、バルバラは怒鳴っている。


ノエルは、静かに立ち上がった。


誰も見ていない。


(今だ)


足音を殺す。


柱の陰へ。


教会の側廊へ。


そこから裏口へ抜ければ、通りに出られる。


通りに出れば、人混み。


人混みに紛れれば、消える。


完璧な計画。


 


(帰ろう)


ただそれだけだった。


聖女になりたいわけではない。


目立ちたいわけでもない。


三位で安定しているのは偶然だ。


本人はただ、


「帰りたい」


それだけ。


 


廊下を曲がる。


誰もいない。


外の光が見える。


あと十歩。


九歩。


八歩。


(勝った)


その瞬間。


「どちらへ?」


背後から、静かな声。


止まる。


振り返る。


そこには、教会騎士が立っていた。


にこやか。


逃げ道、完全封鎖。


ノエルは真顔。


「散歩」


「審査中です」


「空気を吸いに」


「会場内で吸えます」


「……帰宅」


「まだです」


会話が即終了する。


ノエルは、ほんの少しだけ天井を見上げた。


(秒)


本当に秒だった。


「……早すぎる」


騎士は丁寧に言う。


「候補者の安全確保も我々の任務です」


逃げる前提で監視されていたらしい。


ノエルは観念する。


「放っておいてくれればいいのに」


「放っておけません」


 


そのまま、半ば護送のように会場へ戻される。


観客席に気づかれないように。


静かに。


だが。


壇上に戻った瞬間。


ミレーユが気づく。


「ノエルさん、いなかったですよね?」


クラリスも目を細める。


エリカは鼻で笑う。


「逃亡ですの?」


バルバラが笑う。


「おい、逃げたのか!」


ノエルは無表情。


「散歩」


「嘘ですぅ」


即座に否定される。


王太子の視線が向く。


「辞退するのか?」


静かな問い。


ノエルは一瞬だけ考える。


辞退。


それは逃げ道。


だが。


(辞退したら、完全に終わる)


なぜか、それは嫌だった。


「……しません」


小さな声。


王太子の口元がわずかに動く。


「なら、席に戻れ」


 


ノエルは椅子に座る。


観客は、何も知らない。


ただ少し遅れた候補者を見ただけ。


だが。


その瞬間。


ノエルの中で、何かが変わる。


逃げられない。


なら。


せめて。


「三位は死守する」


小さな決意。


誰も気づかない。


 


脱走、失敗。


所要時間、約十五秒。


だが。


それはノエルにとって、初めての“選択”だった。


逃げるか。 残るか。


残った。


理由はない。


ただ。


逃げきれなかっただけ。


けれど。


その“秒で捕まった脱走”は、


彼女が聖女選定会に本気で巻き込まれた、最初の瞬間だった。



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