ニーナのケーキ屋
perchin
第1話 「出会い」
とある国の辺境に位置する砦の留置所。
分厚い石壁に囲まれた質素な部屋には、ベッドと、簡素な椅子とテーブルだけが用意されていた。
その椅子に、ふんぞり返るようにして太々しく座っている一人の剣士がいた。
彼女の名は、イライザ。
長く美しい金髪と、宝石のように澄んだ碧眼を持つ女戦士。十年続く戦争の中でも、『百人斬り』と最も恐れられた凄腕の剣士である。
武器と甲冑はとうに取り上げられ、今の彼女が着ているキルティングジャケットとパンツは、戦場での汗と土埃でひどく薄汚れていた。
ここに囚われてから、一体何日が経っただろうか。
両手には、太い鎖のついた大袈裟な手枷がはめられている。鋼鉄製の頑丈な手枷は、百人斬りの異名を持つ彼女の膂力をもってしても、微動だにしなかった。
カツ、カツ、カツ……。
石造りの廊下を歩いてくる足音が響いた。
靴音の軽さ。歩幅。女の足音だ。イライザは研ぎ澄まされた聴覚で瞬時に聞き分けた。
重い鉄のドアが開く。
入ってきたのは、長い黒髪を背中で揺らす女性だった。
歳の頃は、二十代後半といったところか。イライザと同じくらいのように見える。
濃い緑色の長袖チュニックを身に纏い、どことなく品の良い空気を漂わせている。
「尋問か?」
イライザは金髪の隙間から鋭い眼光を向け、低く凄んだ。
「そんなところかしら」
女性は微笑みを浮かべ、イライザの向かいの椅子に腰を下ろした。
「フン。やるだけ無駄だ。私は何も喋らない」
「そうなの?」
女はどこか他人事のように、軽やかに首を傾げた。
「お前、本当に軍人か?」
イライザは、その軍人らしからぬ振る舞いに半ば呆れながら聞いた。
「そうよ」
「さっさと始めろ」
イライザが急かすと、女は姿勢を正した。
「私はニーナ。よろしく。あなたは、イライザ・エール、28歳。間違いないわね?」
「ああ、そうだ……。チッ」
つい、反射的に答えてしまった。
しまったと舌打ちするが、まあ名前くらいならと気を取り直す。
「ここの暮らしはどうかしら?」
「暮らしだと? ……フン、特に感想はない」
「そろそろ、お風呂に入りたいんじゃない?」
「……そんなもん、どうでもいい」
強がってはみたものの、激しい戦場を駆け回り、血と汗と土埃にまみれた体だ。気にならないわけがない。
「そう? 酷く汗臭いわよ。せっかくの美人が台無しじゃない」
「は?」
敵地の留置所で「美人」などという言葉を投げかけられるとは、欠片も予想していなかった。
イライザの戦士としての仮面が剥がれ、思わず顔がカッと熱くなる。
「へ、変なこと言って、私を懐柔するつもりか?」
「懐柔だなんて、そんなつもりはないわ。純粋にそう思っただけ」
「……お前、何者だ?」
すっかりペースを乱され、イライザは言葉に詰まった。
ニーナは悪びれもせず、ふふっと笑う。
「私はね、百人斬りの恐ろしき女戦士ってどんな人なのか、会ってみたくてここに来たのよ」
「フン。実際に会ってどう思った。ガッカリしたか?」
イライザは、重い手枷に繋がれた両手をテーブルの上にドンと乗せた。
「そうね。『恐ろしき』っていうのは期待はずれだったわね」
「フン」
イライザは顔を背けた。
「『恐ろしき』というより……『美しき女戦士』の方が似合うわ」
「……はあ? お、お前、何言ってんだ?」
「次いくわよ。スリーサイズは?」
「はあ!? ちょ、ちょっと待て、ふざけてんのか?」
「ふざけてないわよ。囚人服とか、新しい着替えが必要でしょ?」
そんな詳細なサイズが必要なのかと思ってたものの、またもや答えてしまった。
「……90、65、98だ」
「案外スタイルいいのね」
「う、うるさい!」
顔を真っ赤にして怒鳴るイライザをよそに、ニーナはさらに尋問(?)を続けた。
「恋人はいるの?」
「い、いない……いや、待て! なんでそんなこと聞くんだ? 絶対におかしいだろ!」
またしても、うっかり馬鹿正直に答えてしまった。イライザは金髪の間からのぞく耳の先まで真っ赤に染めていた。
「おかしくないわよ。捕虜のパーソナルデータは重要よ」
「パーソナルデータって……」
「私は、もっとよく知りたいって思ったの」
唖然としているイライザをよそに、ニーナは話を続けた。
「あなたは、もっと楽しい人生を送ってもいいと思うわ」
「な、何を……言ってる?」
「また来るわ」
ニーナはそれだけ言うと、立ち上がって部屋を出ていった。
残されたイライザは、嵐のような女に完全にペースを握られ、気の利いた悪態の一つも言えなかった。
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