第2話 突発性難聴 2

さて、続きなんだけど。


突発性難聴を発症するおよそ2週間前のことだ。その日は休日で、自宅から車で1時間ちょっとの場所にある道の駅へ、ドライブがてら出かけた。そこへ向かう道は、けっこうなアップダウンが続くルートだった。


その途中の山道で、気圧の変化に伴ってよく起こる“耳が詰まる感じ”が左耳に出てきた。飛行機の離着陸のときに空気抜きがうまくできない、あの独特の不快感。

この手のことはあまり苦手でなく、今までは特に苦になったこともなかった。でも、このときは唾を飲み込んだり、あくびをしたりしても、なかなかあの不快感が抜けなかった。普段ならすぐに“スッ”と抜けるはずなのにね。


このころから、例の“ゴソゴソ”という耳鳴りが、少しずつひどくなってきていることに何となく気づいた。でも、当時はそれなりに忙しく、疲れもたまっていた時期だったので、「左耳の調子がちょっと悪いだけだろう」そんなに、気にはなりつつも、深刻に受け止めるほどではなかった。まあ、大体、いつもはそれで良くなっていたんだけど。


ところが、発症の一週間ほど前から、その“ゴソゴソ”という耳鳴りが明らかに変わってきた。これまでは左耳を下にして寝たときにしかほとんど出てこなかったのに、イヤホンで音楽を聴いたり、動画を視聴したりすると、イヤホンからの音に反応して“ゴソゴソ”と鳴るようになったのだ。


ここまでくると、さすがに不快感が強くなってきて、「なんだかおかしいぞ」ってなったんだけど、こんなこともあるかって、まだ、そんなに気にならなかった。


発症は木曜から金曜にかけての深夜、もしくは早朝だったのだが、ここで書くのはその2日前、水曜日のことだ。つまり発症の2日前。この日は、いろいろあった。

曜日を書くのは実は結構曜日が大事だったからで、そこは後で説明する。


最近ではあまりなかったのだけれど、午前中に、しゃがんで立ち上がる動作を何度も繰り返す仕事があった。1キログラムほどの荷物を持って、しゃがんでは起き上がり、またしゃがんでは起き上がり……という作業だ。仕事の内容を正確に説明すると少し違うのだが、要するに、しゃがんだり立ち上がったりを20回程度繰り返すような動きをした、ということ。


ところがだ。立ち上がるたびに、なんだか“くらっ”とする。

この仕事自体は久しぶりだったとはいえ、「こんなに立ちくらみしていたかな…?」正直、年齢のせいだなぁって思ってしまった。


まあ、今になって振り返ると、この立ちくらみは、すでに内耳に何らかの異常が起き始めていたサインだったんだろう。実際、今同じ作業をしても、あのときのような立ちくらみは起きないし。


その水曜日の晩、父親が倒れたという連絡が入った。しかも危篤状態。

そこからはもう、バタバタと病院に行ったり事態に追われて動き回るしかなかった。


そして翌日の木曜日。

その日の夜、ふと気づいた。あれほど続いていた耳鳴りが、ピタッと止んでいる。左耳を下に向けても鳴らないんだ。ここ一週間ほど、左耳にイヤホンをつけるだけで不快で仕方がなかった“ゴソゴソ”音が、イヤホンを付けてもまったくしない。


最初に書いたように、耳鳴りに気づいたのは20年も前のことだが、このときはむしろ「この20年で一番調子がいいんじゃないか」とさえ思えたんだ。


専門家ではないのでわからないんだけど、内耳の血流やリンパ液の流れといったものが、実はどこかで滞っていたんじゃないかな。詳しい仕組みは分んないけど。

ただ、今までかろうじて通っていた内耳への血流や、何らかの体液・栄養の供給が細々と続いていたからこそ“ゴソゴソ”という音が生じていたんじゃないかな。

その供給が途絶えたこの時だけ、逆に耳の中がクリアになった、そんな気がする。


それが正しいかどうかは別として、木曜日から金曜日の早朝にかけて突発性難聴が発症したのは事実だ。おそらく発症したのは金曜日の朝2時から3時ごろ。


僕はいつも23時くらいに寝て、夜中、というより朝方に必ず一度トイレに起きる睡眠パターンになっている。この日も同じで、朝4時から5時の間に尿意を覚えて目が覚めた。


起きた瞬間、異変に気づいたんだ。

まず、耳の詰まったような強い違和感。そして、例の“ゴソゴソ”音が、何かの音に反応するでもなく、常に鳴り続けている。さらに追い打ちをかけるように、高音の“キーン”という耳鳴りまで加わっていた。

ただ、10年前に起こった突発性難聴もどきを思い出し、「まあ、今回も大したことはないだろうな」思い、もう一度布団に戻った。


第3話に続きます。

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