5
はぐらかすような周の言葉に、場の空気は一旦収まる。
「あれ、何かあったかな……?」
小首を傾げる裕太の顔に、不快感はない。ただ不思議そうな裕太の表情に、周は何故か、胸をなで下ろす。
「横溝先生の記念講演、今日なの!」
先程までとは一変して、琉依の声はこの上なく弾む。
「……っ!」
その言葉に息を呑むメリーさんを横目に見ながら、裕太は腕を組んで逡巡する。
「横溝先生……あの心臓外科医の?」
やはり渋みを残す裕太の問いかけに、琉依は嬉しそうに首肯する。
「岡さん、ずっと楽しみにしてたんだよね。」
どこか安堵を隠せない周に、琉依はまたも首を縦に振る。満面の笑みとは正にこのことだろう。
「へえ……」
琉依の言葉に反応しながら、メリーさんを見据える裕太。その目はどこか鋭い。メリーさんの表情は、相変わらず一切動かない。
どこか停滞する空気をうごかそうと、周は琉依に問い掛ける。
「岡さんって、横溝先生と面識あるの?」
一瞬、琉依の動きが止まる。そのまま、どこか寂しそうな、何かを慈しむような、そんな表情が浮かぶ。
悪い質問をしてしまったような気がする。今日はどうしてこんなに駄目なんだろう……そう思う周に、琉依は躊躇いがちに、けれども優しく、1つ、2つ、言葉を連ねる。
「実はね……」
岡 琉依の父母は、元々中学校の同級生。母の名は
生まれ持って心臓が悪く、琉依の産後は更に体調を崩すことが多かった。それでも、母が笑っている以外の表情は、あまり記憶にない。
そんな母だが、病状は日に日に悪化していった。どこの病院に行っても、決まって返ってくるのは、
「……お子さんとの日々を大切にしてあげてください。」
の一言だけ。焦る父の心情とは裏腹に、母に残された刻限は刻一刻と迫っていた。
そんな時、紹介されたのが横溝誠也医師。母の残された時間を延ばすためには、かなり難易度の高い手術が必要で、成功したとて長くは生きられない。それでも、
「少しでも、あの子と一緒にいたいから……」
そんな母の切実な願い。横溝医師はその効果、リスクを全て説明し、父母は同意した。
琉依はその頃5歳の子供。右も左も分からない。ただ、祈るような父の顔と覚悟を決めたような母の顔に、事の重大さは朧気に感じていた。強張る身体を小刻みに震わせている時、
「大丈夫だからね。お母さん、きっと良くなるよ。」
頭を撫でられながら聞いた、優しい声。
その言葉は気休めでもなんでもなく、母はその後快方に向かい、その後5年間、息を引き取るまで、掛け替えのない時を琉依と共に過ごした。
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