最初にあるのは、ごく普通の教室です。
誰も立候補しない学級委員。
多数決で決まる行き先。
何となく流されていく話し合い。
けれど、この物語では、その「何となく」が怖い。
誰が決めたのか。
本当に自分で選んだのか。
それとも、誰も決めていないのに、気づいたときにはそうなっていただけなのか。
そんな日常の中にある小さな違和感が、やがて教室の一番後ろにある“誰も座っていない席”へとつながっていきます。
知らないスマートフォン。
六人しかいないはずなのに描かれた七人目。
消える記録。
残されるメモ。
そして、
「そこには、本当に誰もいなかったのか?」
という疑問。
怖いのは、何かが突然襲ってくることではありません。
見えなかったものを一度「いるのではないか」と意識した瞬間から、もう以前のようには見られなくなることです。
さらに、この物語が面白いのは、そこで終わらないところ。
高校時代に抱えた違和感は、十年後の同窓会で再び六人の前に現れます。
忘れること。
覚えていること。
見ること。
見られること。
決めること。
決められること。
相反するように見えるものを重ねながら、この作品は「存在するとはどういうことなのか」を静かに問い続けます。
誰かを覚えているから、その人はそこにいるのか。
誰かに見られているから、自分はここにいるのか。
そして――私たちが「いる」と思っているものは、本当に最初からそこにいたのでしょうか。
読み進めるほど、教室で起きている出来事を眺めていたはずの自分の立ち位置まで、少しずつ揺らいでいきました。
これは、怪異の正体を当てて終わる物語ではありません。
最後まで読んだあと、最初の何気ない教室風景にまで別の意味が宿り始める物語です。
だからこそ、読み終えたら、ぜひもう一度最初へ戻ってほしい。
一度目には見えなかった“何か”が、今度はきっと見えてしまうから。
そして、そのとき。
あの席を見ているあなた自身も、もうこの物語の外にはいないのかもしれません。