第14話
階下からは、もう何の音も聞こえてこない。父さんと母さんは、自分たちが作り上げた「愛」という名の完結した聖域に閉じこもり、子供たちのことなど忘れて深い微睡みへと落ちたのだろう。
僕の部屋の、狭いシングルベッド。
「……お姉ちゃん。こっち、来て」
僕は、自分でも驚くほど熱を帯びた、掠れた声で彼女を呼んだ。
姉は、昨日芽生えた「罪悪感」を拭い去るかのような、献身的でどこか危うい微笑を浮かべ、吸い込まれるように僕の隣に潜り込んできた。
薄暗い部屋の中、二人の境界線が、一枚の薄い掛け布団の下で曖昧に溶け合っていく。
「康太……身体、まだ少し熱いね」
姉の細い指が、僕の額からこめかみ、そして耳の裏へとゆっくりと這う。その指先は、外気で冷えているはずなのに、僕の皮膚に触れるたびに、そこから火がつくような錯覚を覚える。
「……熱のせいじゃないよ。お姉ちゃんが、近くにいるからだ」
僕は、彼女の柔らかい身体に自分を預けるように、その細い腰を抱き寄せた。
薄いTシャツ一枚になった僕たちの間には、もう何の遮りもなかった。彼女の胸の鼓動が、僕の胸板に直接伝わってくる。ドクン、ドクンと、不規則に跳ねるその鼓動は、僕への執着と、自分自身の犯した過ちに対する、甘い痛みのようなリズムを刻んでいた。
「康太、もっと……ぎゅっとして」
姉が僕の首筋に顔を埋め、熱い吐息を漏らす。
彼女の髪から漂う、彼女自身の体温が混ざり合った、眩暈がするほど甘い香りが鼻腔をくすぐる。それは、外の世界の誰にも許されない、僕だけが独占を許された甘美な香りだった。
「……ねえ、康太。学校のこと、もう考えなくていいよ。あんな冷たい場所の代わりに、私が、あなたの熱い居場所になってあげる」
彼女の唇が、僕の耳元を掠める。言葉というよりは、粘膜を震わせるような愛撫。
その言葉の一つ一つが、僕の理性という名の防壁を、じわりじわりと溶かしていく。
僕は、彼女の首筋に鼻を寄せ、その透き通るような白い肌に、深く、深く顔を埋めた。
そこには、階下の両親が放つ「正解の愛」とは違う、どこか不純で、それゆえに狂おしいほど切実な命の躍動があった。
かつて疎外感に震えていた二人の子供が、暗闇の中で互いの体温を分け合い、一つの個体に戻ろうとするような、原始的な飢餓感。
「お姉ちゃん……。僕、もう、お姉ちゃん以外、何もいらない」
僕は、彼女の肩口に歯を立てるようにして、その存在を確かめた。
「いいよ。康太の全部、私が食べてあげる。康太の苦しみも、孤独も、明日への不安も……全部、私が飲み込んで、私の身体の一部にしてあげるから」
姉の手が、僕の背中を、背骨をなぞるようにゆっくりと降りていく。
その指先が触れるたびに、僕の背筋に稲妻のような痺れが走り、思考はさらに濁り、溶けていく。
外の世界では「シスコン」と罵られ、部活という居場所も捨てた。けれど、その喪失と引き換えに手に入れたこの濃密な抱擁は、どんな社会的な称賛よりも、僕の心を満たしていた。
「見て、康太。私たちの心臓の音……重なってる」
彼女の脚が、僕の脚に絡みつく。
摩擦。熱。湿り気。
狭いベッドという名の密室で、僕たちは、親さえも知らない、そして神様さえも許さないであろう、禁じられた領域へと足を踏み入れていく。
それは、昨日まで僕たちが遊んでいた「恋人ごっこ」の延長線ではなかった。
互いの欠落を埋めるために、魂を削り合い、混ざり合わせる、真実の逃避行だった。
「あぁ……康太……」
姉が、僕の髪を乱暴に掻き乱し、僕の顔を自分の方へと向けさせた。
至近距離で見つめる彼女の瞳は、微熱に浮かされたように潤み、その奥には、僕を一生離さないという、呪いにも似た深い悦びが宿っていた。
彼女の中に芽生えた罪悪感は、今や、僕を愛で壊し、尽くすことでしか鎮められない、渇望へと変わっていた。
僕は、彼女の薄い唇に、自分の唇を重ねた。
それは、優しさなど微塵もない、互いの酸素を奪い合うような、激しい接吻だった。
鉄の味。涙の塩味。そして、彼女の甘い吐息。
すべてが混ざり合い、僕の意識は、黄金色の闇の中へと深く、深く沈んでいく。
窓の外では、依然として雨が降り続いていた。
けれど、この部屋の中だけは、外の冷気も学校での誹謗中傷も、一切届かない。
二人の吐息と、肌が擦れる音。
そして、互いへの執着だけが、濃密な官能となって空間を支配していた。
「おやすみ、私の康太……。明日も、明後日も、死ぬまで……二人きりでいようね」
姉の囁きを最後の子守唄にして、僕は意識を手放した。
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