第11話 デート終わりの秘密

「ほら、冷たいの。頭冷やしな」

ポン、と頬に冷たい缶ジュースを押し当てられて、僕は小さく跳び上がった。

見上げると、姉がいつもの意地悪そうな、だけどどこか満足げな笑みを浮かべて立っている。


『……ありがと』

受け取った炭酸のプルタブを引き、一気に喉に流し込む。シュワシュワとした刺激が、負けた悔しさを少しだけ紛らわせてくれた。

ゲームセンターを出て、夕暮れ時の涼しい風が吹く街路樹のベンチに、僕たちは二人で腰掛けた。


姉は細身のデニムに包まれた長い足をぶらぶらさせながら、美味そうにジュースを飲んでいる。その姿を横目で盗み見ながら、僕は胸の奥で、もう一つの「本当の目的」について考えていた。


実は、今日のこのデート。

姉の寂しさを紛らわせるため、というのは本当だけど……僕にとっては、もう一つ重大なミッションがあったのだ。

それは、高校で新しくできた『女の子の友達』と近々二人で出かけるための、実戦練習。

人見知りだった僕に、高校で初めてできた異性の友達。今度その子と初めて休日に遊びに行くことになったのだけど、僕は女の子と二人きりで街に出かけた経験なんて一度もない。どうエスコートすればいいのか、どんなお店を選べば喜んでもらえるのか、不安で爆発しそうだった。


だから、まずは一番身近にいる「女子」である姉を誘って、自分のエスコートが通用するのか試してみたのだ。もちろん、姉には女友達の存在なんて一言も言っていない。

(服を選んだ時、姉貴は顔を真っ赤にして照れてた。手を繋いだ時も、すごく緊張してるみたいだった……)

あれは姉の男勝りな性格のせいで距離感がバグっていただけだとしても、少なくとも、僕の行動で「女子の心」を動かすことはできた、ということだろうか。

でも、最後に格ゲーでボコボコにされて完全に自信を喪失してしまった。僕のエスコートは、本当に男らしくて合格点をもらえるものだったのだろうか。

気になって、どうしても確かめたくなった。

『ねぇ、お姉ちゃん』

「ん? 何、まだ負けたの引きずってんの?」

『違うって。……あのさ、今日のデート、楽しかった?』

僕は缶ジュースを握りしめ、努めて平静を装いながら、姉の横顔をじっと見つめた。

姉は一瞬、ジュースを飲む手を止めた。

それから、夕日に照らされた短い髪を少し気恥ずかしそうにかき回し、ぷいっと僕とは反対の方向を向く。

「……別に。あんたのダサい服も変えられたし、ゲームでボコボコにできたし。……まぁ、退屈はしなかったよ。楽しかったんじゃない?」

ぶっきらぼうに、だけどはっきりとそう言ってくれた。

(――よかった……!)

胸の奥を占めていた不安が、一気に吹き飛んでいくのが分かった。

あの超がつくほど男勝りで、いつも僕を子供扱いする姉が「楽しかった」と言ってくれたんだ。なら、僕のプランは間違っていなかったはず。これなら、今度の本番でも、その子のことをちゃんと楽しませてあげられるかもしれない。

俄然、勇気が湧いてきた。

姉のおかげで、僕は大きな自信を手に入れたのだ。

「何一人で満足そうな顔してんの。気持ち悪い」

『いや、本当に良かったなと思って。じゃあさ、お姉ちゃん』

僕はベンチから立ち上がり、カバンを肩にかけ直して、姉に向かって言った。


『来週の日曜日、また空けといてよ。今度はもっと良いお店調べて、もっと完璧にエスコートしてあげるから。今日のお礼も兼ねて、もう一回、僕と二人で遊びに行こう』

今度のデート練習は、もっと本番を意識したロマンチックな場所にしよう。そうすれば、僕の男らしさも完璧に磨かれるはずだ。

「……え」

姉はベンチに座ったまま、目を見開いて完全に固まった。

手に持っていた缶ジュースが、かすかに震えている。

「ら、来週も……? また、私と二人で……?」

『うん。だから来週は絶対に格ゲー以外にしてよね。ほら、暗くなる前に帰ろう』

僕はそう言って、今度は僕の方から先に歩き出した。姉が僕に置いていかれる寂しさからベタベタしてくるなら、こうして僕から何度も連れ出して安心させてあげればいい。自分の練習にもなって一石二鳥だ。

後ろを振り返ると、姉はベンチから立ち上がり、信じられないほど顔を真っ赤にして、フラフラとした足取りで僕の後を追ってきていた。

(お姉ちゃん、本当に分かりやすくて可愛いな。やっぱり相当嬉しかったんだ)

僕は自分の名エスコートっぷりに自画自賛しながら、夕暮れの道を機嫌よく歩いた。

一方、僕の後ろを歩く姉の頭の中は、完全に沸騰していた。

(来週も……デート……!?)

今日一日で頭の中を私でいっぱいにするどころか、あいつの方から、さらに深い檻の中へと飛び込んできたのだ。

しかも『もっと完璧にエスコートしてあげる』なんて、完全に私を女の子として特別扱いするようなセリフまで吐いて。

(あは……あははは! やっぱり、あんたの隣にいるべきなのは私なんだ……!)

新しくできた男友達の佐藤だか誰だか知らないけれど、あいつはもう、私とのデートの快感が忘れられなくなっている。私を喜ばせることに、必死になっている。


まさかそれが、自分の知らない「別の女の子」のための練習台にされているだけだとは、夢にも思わずに。

姉は細身のデニムのポケットの中で、じっと己の欲望を滾らせながら、前を歩く愛しい弟の背中を見つめ、酷く艶やかに、そして歪に微笑んだ。

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