第9話:添い寝という名の監禁、あるいは死に至る看病
中央軍先遣隊の「削除」を終えた直後、リオンの糸はぷつりと切れた。
前世の刺殺の記憶、今世の魔力消費、そして何よりヒロインたちの重圧。
彼は執務室の床に崩れ落ち、そのまま深い意識の闇へと沈んでいった。
「――先生!?」
真っ先に駆け寄ったのはエリナだった。彼女はリオンの頭を自分の膝に乗せ、その青白い顔を狂おしそうに見つめる。
「……呼吸が浅い。魔力のオーバードーズね。……カイ、ヴェルナ。先生を奥の私室へ運んで。……立ち入りは、私たちが許可した者以外、一切禁じます」
それは、辺境軍団本部における事実上の「リオン監禁」の宣言だった。
数時間後。リオンの私室。
魔法灯が薄暗く灯る部屋で、リオンは広大なベッドの真ん中に横たわっていた。
だが、その両脇には、当然のように「先客」がいた。
「……先生の右手は、私が握ります。……計算の拍動を、一番近くで感じていたいから」
エリナがリオンの右手を自分の頬にすり寄せ、うっとりと目を閉じる。
左側には、ヴェルナが最高級の香油を自分の肌に塗り込み、リオンの腕の中に滑り込んでいた。
「ふふ、頭脳を支えるのはあなたでも、リオン様の『体』を癒やすのは、高貴な血を引く私にしかできないことですわ。……さあ、リオン様。私の体温を、存分に吸い取ってくださいまし」
「……邪魔。……俺は、足元で眠る。……先生の影になる」
カイはベッドの足元で丸くなり、ナイフを抱えたままリオンの気配に全神経を集中させていた。
三人の体温と、それぞれの執着が混じり合った濃密な空気が、リオンを包囲する。
「……う、……うぅ……」
うなされるリオンの唇から、小さな呻きが漏れた。
その瞬間、三人の動きが止まる。
「……また、吐き気が? 先生、大丈夫ですよ。……私が、あなたの汚れた部分を全部飲み込んであげますから」
エリナがリオンの唇に指を触れ、その震えを止めるように囁く。
リオンが目を覚ました時、そこにあったのは安らぎではなく、自分を逃がさないための「肉の檻」だった。
「……お前、たち……何を……」
「先生、目が覚めたのね。……もう、どこへも行かなくていいんですよ? ……改革も、削除も、私たちが代わりにやります。……先生はただ、このベッドで、私たちの愛に溺れていればいいんです」
エリナの瞳には、ハイライトが消えた暗い光が宿っていた。
リオンを救ったはずの知略が、彼自身を雁字搦めにする。
「……おえっ……」
込み上げる吐瀉物を、エリナは嫌がるどころか、聖遺物を受け取るかのようにして処理し、ヴェルナがその汗を絹の布で丁寧に拭い去る。
救いと依存、献身と支配。
リオンは、自分が作り上げたこの「最強の辺境軍団」という名の化け物に、自らが喰われ始めていることを悟った。
「……助けて、くれ……」
リオンのか細い声は、エリナの甘い口づけ(のような看病)によって、静かに塞がれた。
あとがき
第9話、お読みいただきありがとうございました!
戦いよりも恐ろしい「看病回」……。リオンにとっての真の敵は、中央軍ではなく、自分のベッドの左右にいることに気づいてしまった回ですね。
「先生の汚れを全部飲み込みたい」というエリナの狂気、これぞ本作の真髄です。
有能な社畜が、異世界で最強の力を得た結果、待っていたのは「重すぎる愛の監禁生活」でした。
次回、第10話。ついに帝国最強の魔導軍師『アルベルト』が、この狂った辺境軍団を「削除」するために自ら出陣します。
リオンは、このベッドの中から、どうやって帝国最強の知略に立ち向かうのか!?
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