交渉だけで魔王軍を崩壊させた件について

@thrud7

第1話 戦争は、交渉で終わる

 爆発音が、会話を断ち切った。


 それはあまりにも唐突で、あまりにも日常の延長線上にあった。


「……今のは、近いな」


 八洲凛は、そう呟いた。


 中東の紛争地帯。瓦礫と乾いた風の中、彼はテーブルを挟んで二人の男と向き合っていた。片方は政府軍の代表、もう片方は反政府勢力の幹部。どちらも銃を持ち、どちらも互いを殺す理由を持っている。


 だが、凛にとってはどちらも同じだった。


 ――構造の中にいる駒。


「話を戻しましょう」


 凛は淡々と言った。


「この戦争は、宗教でも民族でもありません。利害です」


「ふざけるな!」と、政府側の男が机を叩く。「奴らは我々の土地を――」


「違います」


 凛は遮った。


「あなた方が守りたいのは“土地”ではなく、“支配権”です。そして彼らが欲しいのも同じだ」


 反政府側の男が、わずかに目を細める。


「……続けろ」


「簡単です。双方とも、戦争を続ける理由がある」


 凛は指を一本立てた。


「武器の供給元。資源の流通。支援国の利害。あなた方は“勝つため”ではなく、“続けるため”に戦っている」


 沈黙が落ちた。


 それが、答えだった。


 凛は知っている。戦争とは感情ではない。構造だ。


 だから、終わらせる方法もまた、決まっている。


 ――構造を崩せばいい。


「提案があります」


 凛が口を開いた、その瞬間だった。


 閃光。


 衝撃。


 音が消えた。


 世界が、白に塗り潰される。


 そして――


 何もなくなった。


   *


「――目を覚ましなさい」


 声がした。


 静かで、感情のない声だった。


 凛はゆっくりと目を開ける。


 そこは、どこでもない場所だった。空も地面もない。ただ、白だけが広がっている。


「……死んだのか」


「はい」


 目の前に、少女が立っていた。


 白い髪。白い瞳。人間の形をしているが、どこか現実感がない。


「あなたは死亡しました、八洲凛」


「そうか」


 凛は特に驚きもしなかった。


「では、ここは死後の世界か」


「いいえ。これは“遷移点”です」


 少女は淡々と答える。


「あなたには、別の世界で役割があります」


「異世界転移、か」


「理解が早いですね」


 少女は、わずかに微笑んだ。


「私はアウラ。現実を構成する“変数”を管理する存在です」


「変数?」


「はい。あなたの世界も、この世界も、すべては変数の組み合わせで成立しています」


 凛は少しだけ考えた。


 だが、すぐに結論を出す。


「つまり、操作可能ということか」


「その通りです」


 アウラは頷いた。


「そして、あなたにはその一部を与えます」


 彼女の手の中に、スマートフォンが現れる。


「……これは?」


「催眠アプリです」


「ずいぶんと、軽い名前だな」


「機能は軽くありません」


 アウラは無機質に言った。


「対象を強制的に変性意識状態へ移行させ、認識・感情・行動を書き換えることが可能です」


「……つまり、洗脳か」


「いいえ」


 アウラは首を横に振る。


「それは“現実操作”です」


 凛は、初めてわずかに興味を示した。


「認識を変えれば、その者にとっての現実が変わる。行動が変わり、結果が変わる。世界が変わる」


「……なるほど」


 凛はスマートフォンを受け取る。


「面白い」


「あなたなら理解できると思いました」


 アウラは言った。


「あなたはこれまで、交渉によって戦争を終わらせてきた」


「ああ」


「ならば、次は“より上位の層”でそれを行ってください」


「上位の層?」


「はい」


 アウラは告げる。


「あなたが向かう世界には、“魔王軍”と呼ばれる存在があります」


「……ありがちな話だな」


「ですが、その本質は同じです」


 アウラの瞳が、凛を見据える。


「それもまた、構造です」


 凛は、静かに息を吐いた。


 理解した。


 やることは、変わらない。


「つまり――」


 彼は言った。


「戦えばいいわけじゃない」


「はい」


「崩せばいい」


「はい」


 アウラは頷く。


「あなたなら可能です」


 凛は、スマートフォンの画面を見た。


 そこには、シンプルなチャット画面が表示されている。


 入力欄。


 送信ボタン。


 それだけだ。


「……なるほど」


 凛は、小さく笑った。


「戦争は、交渉で終わる」


 その瞬間、世界が切り替わった。


   *


 目を開けると、そこは森だった。


 土の匂い。湿った空気。遠くで鳴く獣の声。


 そして――


「……誰だ、お前」


 剣を突きつけてくる少女が一人。


 警戒心むき出しの瞳。


 傷だらけの装備。


 生き残るための顔。


 凛は一瞬で理解する。


 ――この世界も同じだ。


 構造がある。


 利害がある。


 そして、戦争がある。


「八洲凛だ」


 彼は答えた。


「交渉人だよ」


「交渉?」


 少女――エルナは眉をひそめる。


「ここはそんな甘い場所じゃない」


「ああ、知ってる」


 凛はスマートフォンを取り出した。


「だから、終わらせに来た」


 画面を開く。


 チャット欄に、文字を打ち込む。


 ――対象:エルナ

 ――状態:変性意識誘導

 ――感情:敵意を低減

 ――信頼度:上昇


 送信。


 一瞬の沈黙。


 そして――


「……っ」


 エルナの瞳が、揺らぐ。


 剣先が、わずかに下がる。


「……お前……何を……」


「交渉だよ」


 凛は言った。


「まずは、話をしよう」


 戦争は、いつだって。


 話せないところから始まる。


 だから――


 話せる状態を作ればいい。


 それだけだ。


 八洲凛は、そうやって世界を終わらせてきた。


 そして今度は――


 この世界を、崩壊させる。


 戦わずに。

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