023.凶刃
各地区には冒険者組合の支所がある。中央と各支所を地下通路が繋いでいるほか、中央組合は王宮の方にも繋がっているらしい。無論、その点においては警備兵が配されている。
そんな地下通路を、アリスはただひたすらに走った。
どれくらいの距離があったのか、どれくらい走ったのかは分からない。無我夢中で走った。シャルルのことが心配で心配でならなかった。
そもそも、どうしてシャルルが人を傷つけるような凶行に出てしまったのか。そうなりそうであれば、ゲールとシャッテンが止めに入るはずだ。それすらも振り切って、シャルルは自分の視覚に従うまま、人を傷つけているのだろうか。あるいは、ゲールとシャッテンの身にも何か起きているのではないか。
呼吸が乱れている。吸い込む空気は冷たく、吐き出す息の温かさが寒さに舞って白い雲に似た吐息を作り出している。
気がつけば階段が見えていた。王都北部イルクレム地区の冒険者組合に通じる階段だ。ここを上がって組合を出れば、すぐにイルクレム地区の中心地である広場に出る。
息を切らしながら階段を上がる。組合の地下に出る。地下には何名かの受付嬢と、負傷した冒険者が大勢いた。
受付嬢たちは誰しも深刻そうな表情を浮かべながら忙しなく動き回っている。恐らく、外で起きている異常事態の対処――怪我人の対処で手一杯なのだろう。次から次へと冒険者が組合内に運び込まれてくる。怪我の状態は多くが切り傷のようだった。組合内がそんな様子だったからか、誰もアリスには目もくれなかった。
手近なところにあった別の階段を上ると、組合の受付内に出た。受付台横の腰ぐらいの高さの従業員扉を押し通り、そのまま組合の扉に手を掛けて出ようとする。鍵は開いていた。扉を引く。ほんの僅かに開いた隙間から、雪を伴った激しい風が嫌がらせのように吹き込んできた。どうやら吹雪いているらしい。
この際、アリスにはそんなことはどうでも良かった。とにかくシャルルのことを確認したかった。
外へ出る。
「シャルル!」
叫ぶ。だが、アリスのその声は吹き荒れる雪に紛れ、暗い夜の闇に溶け、そして数多くの悲鳴に巻かれて消えていった。
襤褸切れのような外套を纏った一人の青年が、踊るように剣を振り続けている。
彼から逃げ惑う者、戦おうとする者がいる。だが、誰も彼に敵うことなく、斬られてその場に倒れていく。赤い血が雪に滲んでいく。
アスト神殿の神官が二名いるのが見えた。彼、彼女らも走り回って、傷を負った冒険者を治療している。神官が前線に出るというのは聞いていないが、どんどん人が倒れて数が減ってきている中、冒険者を回収する人員も揃っていないのだろう。
アリスはそのうちの片方に駆け寄る。
「怪我人はっ!?」
突如現れた見知らぬ冒険者に神官の少年は動揺しながらも「まだ誰も死なせていない。死なせてなるもんか」とだけ呟いた。そうしてそのまま、治癒魔法で応急処置を施した冒険者を担ぐ。
「あんたも手が空いてるなら怪我人を運ぶのを手伝ってくれ! このままだと全滅する!」
担いで振り返りながらアリスに言う。
そのとき、彼の前に何かが音もなく現れる。襤褸切れのような外套が吹雪にはためく。
「危ないっ!」
アリスは無意識的に飛び出して、神官が背負った冒険者ごと飛びつくように突き飛ばした。そのまま彼に覆いかぶさるようにして倒れ込む。そのとき、シャルルの剣が空気を斬った音がしたのを、アリスは聞き逃さなかった。
肩越しにシャルルを見る。彼の目を見る。吸い込むような月の瞳。そこに生気は感じられない。明らかに虚ろだ。まるで感情が欠落してしまったような、そんな感じだ。いや、感情が欠落したというのは表現としては誤りだろう。彼の心が、一つの感情に塗り潰されているような――。
そこでアリスは気づく。思い出す。彼と『憤怒の巣窟』で閉じ込められた時のこと。彼に殺されそうになったときのこと。
今の彼の瞳は、虚ろながらも明確な殺意を抱いているように見えた。条件反射的な不快感からくる殺害衝動。
その様子は、アリスが知るシャルルのものではなかった。
シャルルの首がこちらを見下ろす。
逃げなければ。逃げなければ殺される。
アリスは直感的にそう感じた。
一人で逃げることは簡単だ。だがそれだと、神官の少年と彼が負ぶっていた冒険者が斬りつけられてしまう。
どうするかなど考える時間はなかった。剣が振り下ろされる。アリスは目を瞑った。
「っらあっ!!」
その雄叫びと共に、キィィンという金属音が吹雪を裂いて鳴り響いた。
「嬢ちゃん! 無事か!」
その声に目を開ける。そこには背の高い茶色い体毛の
「ゲール!」
「詳しい説明は全部シャッテンから聞け! シャッテンと一緒に冒険者を全員組合に入れろ! ここは俺が大将の気を引く!」
「シャルルはどうなってるの!?」
「魔王の仕業だ!」
「魔、王……?」
ゲールの言葉にアリスは驚愕した。
なぜここで魔王が出てくるのか。なぜ魔王が王都にいるのか。
「今分かんのはそんだけだ! 早く! 避難をッ!」
シャルルの剣を側面からはじきながら言う。シャルルの権能の前では剣ですら切断される。鍔迫り合うことはできない。弾いて攻撃を逸らすか、ひたすら避け続けるしかないのだ。
「分かったわ!」
アリスは少し遅れて走ってきたシャッテンを認めると、近くで血を流して倒れている冒険者を一人、背負うようにして引きずりながら組合の方へと向かう。背中に切り傷。胸部、背面を守るための金属製の胴当てがものの見事に斬られており、そこから血が流れていた。
大柄なシャッテンは一人の服の袖を甘噛みしながら背負い、両脇に一人ずつ抱えて三人を同時に運ぼうとしている。
「あなたも……早く……!」
アリスは先ほど身を挺して守った神官の少年に呼びかける。少年は頷き、アリスの後を追うように冒険者を背負って歩き出した。
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