第82話 魔道具革命の完成と次なる舞台へ

 九十九日目。


 朝。


 アルヴェルト魔道具商会の前。


 扉が、再び開かれた。


 営業停止命令の撤回——昨日、商業管理局から正式な通達が来ていた。

 ゴルド商会の崩壊と同時に、命令そのものが無効化されたのだ。


 扉が開いた瞬間、店内に客が雪崩れ込んできた。


 冒険者、商人、主婦、若者、年寄り。

 ありとあらゆる客層が、扉の前で待っていた。

 三日間の閉店の間、客たちは別の店で粗悪なポーションを買う羽目になっていた。アルヴェルト商会の品質を知った後では、それはもう耐えられないことだった。


「店主、おかえりなさい!」


「ポーション、ありますか?」


「照明魔石も、二つください!」


 セバスが完璧な接客で対応していた。

 カイルが入口で、列を整える。

 レオンがカウンターで、品質管理と接客の補助に立つ。


 日次売上が、開店初日からの十倍を超えた。

 ファルデンの冒険者のほぼ全員が、アルヴェルト商会の顧客となった。


 午後、若い女性客が、店に入ってきた。

 以前、ゴルド商会の圧力で買い控えしていた、子連れの常連客だった。


「あの……今日から、また買えますか」


「もちろんでございます」


 セバスが、温かく迎えた。


「ご主人のご商売は、いかがでございますか」


「ゴルド商会との取引制限が無くなって、これからは、自由に商売ができるって……主人も喜んでいます」


「左様でございますか。何よりでございます」


 女性が、子供の手を引いて、ペンダント型の照明魔石を選んだ。

 帰りに、レオンに小さく頭を下げた。


「ありがとうございました。本当に」


 レオンが、頭を下げ返した。


 彼女のような客が、何人も、店に戻ってきていた。



■ ■ ■ ■ ■



 百一日目。


 店内のカウンターに、新しい瓶が並んだ。


 濃い紫色の液体が入った瓶。

 ラベルには、「解毒ポーション・純度九十五パーセント」と書かれていた。


「これは……」


 冒険者の一人が、目を見開いた。


「解毒薬じゃないか。市販品では存在しない品物だ」


「中毒で死ぬ仲間を、もう見なくて済む」


「いくらだ」


「銀貨百二十枚です」


 セバスが丁寧に答えた。


「市販の毒消し草を煎じても、金貨一枚はする。それより安いだと?」


「品質と価格を両立するのが、当商会の方針でございます」


 冒険者たちが、十本以上を一括購入していった。


 翌日、もう一つ新商品が並んだ。


 ペンダント型の照明魔石。

 女性や子供向けに、首から下げられるサイズに加工されている。


 子連れの主婦が、目を輝かせた。


「これ、子供が夜道で迷子になっても、光が目印になるじゃない」


「夜の家事も、台所まで持ち歩ける」


「子供部屋に下げておけば、寝起きの暗闇も安心ね」


 ペンダント型は、その日のうちに十個売り切れた。


 その日の夕方、冒険者の一人が、深刻な顔で店に駆け込んできた。


「解毒ポーション、まだあるか!」


「あります。お一つで」


「仲間が、毒蛇に噛まれた。市販の薬じゃ、間に合わねえ」


「お待ちください」


 セバスが瓶を取り、冒険者に手渡した。

 冒険者が、走って店を出た。


 翌日、その冒険者が、感謝の言葉と共に、もう五本の解毒ポーションを買いに来た。


「あいつ、助かった。市販の薬なら、確実に死んでた」


 レオンが頷いた。


「あなたたちの命を支えるのが、当商会の仕事です」


「ありがてえ。本当にありがてえ」


 冒険者が、深く頭を下げた。

 冒険者の中毒死が、激減する未来が、見え始めていた。


 さらに、もう一つ。


 青色の液体が入った瓶。

 ラベルには、「魔力回復薬・純度九十パーセント」と書かれていた。


「魔導士向けです」


 セバスがギルドの魔導士部門の代表に説明した。


「魔力切れの戦闘中の救命に、即効性があります」


 ギルドの魔導士部門から、即座に三十本の発注が入った。



■ ■ ■ ■ ■



 百三日目。


 夕方。


 セバスが応接室で、レオンに帳簿を広げた。


「商品ラインナップの拡充により、客層が冒険者以外にも広がっています。一般市民の比率が四割を超えました」


「予定通りだ」


「冒険者向け:ポーション、解毒ポーション、魔力回復薬。一般市民向け:照明魔石、ペンダント型照明魔石。多層的な商品構造ができております」


「次は貴族層にもリーチする」


「左様でございますね」


「貴族層向けの商品は、付加価値を増やす。装飾性、希少性、ステータス性。実用性に頼らない設計だ」


「準備中の試作品が、何点かございます」


 セバスが、別の帳簿を開いた。


 月間売上、金貨三百五十枚。

 純利益、金貨二百枚超。

 商会設立から、わずか四十日目の数字だった。



■ ■ ■ ■ ■



 百四日目。


 屋敷の地下、錬金工房。


 レオンが屋敷に戻り、工房の扉を開けた。

 ミリアが、作業台の前で集中していた。


 二十本のポーションの瓶が、一本ずつ並べられている。

 ミリアが、その一本に向かって、何かを呟いていた。


 レオンが、静かに歩み寄った。


「ミリア」


「あ、レオンおにいちゃん。おかえりなさい」


「作業中だな」


「うん。今日の最終チェック」


 ミリアが、瓶を持ち上げて光に透かした。

 九歳の子供が、まるで職人のような目つきをしている。


「ミリア。お前、腕が上がったな」


「えへへ。セバスおじちゃんに、いろんな手順を教えてもらったの」


 ミリアが、少しだけ躊躇った。


「あとね、新しいこと発見したよ」


「発見?」


「うん」


 ミリアが、作業台の上のポーションを指差した。


「ポーションの光の色が、ちょっとだけ変わる瞬間があるの。仕上げる時、ほんの一瞬」


「……」


「その瞬間に、魔力をちょっとだけ足すと、もっと安定するの。光が、もっとピタッってまとまる」


 レオンが、目を見開いた。


 ミリアが、独自に品質改善の手法を見つけていた。

 それは、レオンの術式解析でも捉えきれない、感知能力者にしか見えない瞬間の話だった。

 九歳の子供が、独自の研究成果を出した瞬間だった。


「ミリア」


「うん?」


「お前は、本当に天才だな」


「てんさいって、何?」


「お前のことだ」


「えへへ」


 ミリアが、嬉しそうに作業台の前で揺れた。


 レオンが、別の瓶を手に取った。


「お前の手法、教えてくれ。すぐにレシピに反映する」


「教えるの? わたしが?」


「お前が発見したんだ。お前が教えるのは、当然だ」


 ミリアの目が、輝いた。


「うん! じゃあ、教える!」


 ミリアが、得意げに胸を張った。

 屋敷の地下工房で、九歳の研究者が、十八歳の主に技術を教える時間が始まっていた。



■ ■ ■ ■ ■



 百五日目。


 午前。


 アルヴェルト魔道具商会の店内。


 グレッグが、店に立ち寄った。

 いつもの商人らしい笑顔は、今日は少し緊張していた。


「レオン。お前の噂が、王都まで届いてるぞ」


「早いな」


「商人ネットワークだ。ゴルド商会の崩壊と同時に、お前の名前が、王都の商人街で話題になっている」


 グレッグが、声を落とした。


「ゴルド商会を潰して市場を掌握した、若き商会主。しかも、Cランク冒険者で、古代遺跡を修復した男。こんな話、王都の貴族が放っておくわけがない」


「貴族か」


「気をつけろ」


 グレッグの目が、わずかに細くなった。


「ゴルド商会は、金の亡者だった。だが、貴族は権力の亡者だ。お前の技術を欲しがる奴らが、必ず来る」


「いつ来る」


「早ければ、来月。遅くても、三ヶ月以内」


「ありがとうございます」


 レオンが頭を下げた。


 グレッグが店を出る時、振り返って付け加えた。


「王都に行く時は、俺の繋ぎを使え。マルコと俺で、商人ネットワークの伝手を提供する」


「お願いします」


 グレッグが店を出た。


 レオンが、窓の外を見た。

 ファルデンの街並みの向こうに、王都へ続く街道が、薄く伸びていた。



■ ■ ■ ■ ■



 百五日目。夜。


 屋敷の応接室。


 四人が、テーブルを囲んで座っていた。

 レオン、カイル、ミリア、セバス。


 テーブルの上には、アルヴェルト商会の収支報告書と、ファルデンの市街図、そして王国全土の地図が広げられていた。


 レオンが、口を開いた。


「ファルデンの市場は、掌握した」


 蒼い瞳が、四人を見渡した。


「ポーション、照明魔石、解毒薬、魔力回復薬。この街の魔道具市場は、実質的にうちの独占だ」


 カイルが眉を上げた。


「ゴルド商会がやってたことと、同じじゃねえか」


「違う」


 レオンが指を立てた。


「ゴルドは、品質を落として価格を上げた。俺たちは、品質を上げて価格を下げた。市場を支配する方法が、根本的に違う」


「あ、確かに」


 セバスが微笑んだ。


「ファルデンは、序章に過ぎません。次の舞台が必要です」


「ああ」


 レオンの蒼い瞳に、いつもの冷静さの奥に、静かな野心が宿った。


「王都だ」


 レオンが王国全土の地図を指差した。

 ファルデンから、北東に伸びる街道の先。

 国の中心に、巨大な都市が描かれていた。


「この国の中心に、アルヴェルト商会の名を刻む」


 ミリアが、手を挙げた。


「おうとって、おっきい街?」


「ファルデンの十倍だ」


「じゃあ、おみせも十個いる?」


「……計算は合ってるな」


 カイルが笑った。

 セバスが微笑んだ。

 ミリアが、得意げに胸を張った。


 屋敷の応接室に、温かい空気が満ちていた。


 四十三日目にファルデンに来てから、百五日目。

 六十二日間で、ファルデンの市場を掌握し、二十年の独占体制を崩した。

 商会の時代が、確かにここに始まっていた。


 セバスが、テーブルにワインの瓶を置いた。


「お祝いの一本でございます。ファルデンの市場掌握、おめでとうございます」


「俺もか?」


 カイルが目を丸くした。


「もちろんでございます。Dランク冒険者にして、護衛主任。商会の柱の一人でございますから」


「マジか。じゃあ、頂くぜ」


「お嬢様には、果汁のお飲み物をご用意しております」


「やったー!」


 四人が杯を上げた。


 ぶつかる音が、応接室に響いた。


 ミリアの果汁が、グラスの中で揺れた。

 カイルとレオンとセバスのワインが、赤く揺れた。


 四十三日目から百五日目まで——六十二日間の戦いの、ささやかな祝杯だった。


 だが、これは終わりではない。

 次の始まりだ。


 ファルデンという小さな街から始まった革命が、王国の中心へと向かう。


 知識と技術が、権力と金を超える。

 それを証明する戦いは、まだ始まったばかりだった。


 レオン・アルトの物語は、次の舞台へと進む。

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