ぬいぐるみの純粋な独白を通じて『レッテル貼り』の虚しさを鋭く描き出した物語。
現代の日本では大多数の人たちが『多様性』という言葉を声高々に叫んでいる。
まるでその言葉があらゆることに対して免罪符とでも訴えるように。
けれど実際にはこの物語の主人公である『メイド・イン・ベトナム』のぬいぐるみのように肩身の狭い思いをしている人も少なくないのではないかと思える。
『マイノリティー』あるいは『弱者』に優しい豊かな社会。
それは主人公がたどり着いたような自分自身のルーツやルックスを包み隠さず明かして、それを肯定してもらえる、そういうものなのではないか。
この物語を読んで、自分もそういうコミュニティーの一員であると自信を持って言える、そういう人間でありたい、そう思えた。
ぬいぐるみが好きな人も、あるいはそうでない人も読んでみてもらいたい物語です。
ぜひ、お手に取ってみてください。
ジンベエザメのぬいぐるみの「ぼく」。ある日、水族館にある店から「おじさん」にかわれていき、やがて「だいき」くんのプレゼントとなる。迎えてくれることを期待していた「ぼく」だが、「だいき」くんの反応はいまいちで……。
ぬいぐるみがしゃべるという童話的なドリーミングな世界でありながら、出生場所における差別待遇・ルックスにおける差別待遇といった社会的な問題が静かに浮かび上がってくる。「ぼく」は非差別に値する存在なのか!?
それでも、最後は温かな気持ちで読み終えることができました。ぬいぐるみたちから伝わってくる優しいメッセージを読者は受け取ることになるでしょう。
ぬいぐるみを大事にしたくなる。すごく可愛がってあげたくなる。そんな気持ちにさせられる作品でした。
「じんべえざめ」のぬいぐるみとして作られた主人公。
『めいど・いん・まれーしあ』として作られ、沖縄の水族館で売られるようになるが、お土産としてプレゼントされただいき君は、どうも「マレーシア」で作られたのが気に入らないようで。
そんな「生まれ」により好きになってもらえない悲しさを抱えるぬいぐるみ。その心情がとても切なく、なんとも心を揺さぶられます。
じんべえざめ君のぬいぐるみ。きっと凄く可愛いに違いない。
でも確かに、ぬいぐるみを見ると「日本」で作られたのはわずかで、大体の工場は中国や東南アジアのどこかに。
いったん気にし始めると気になるポイントになっちゃうかもしれない。けれど、ぬいぐるみが可愛らしいという現実さえあれば、そこには何も問題なんてないはず。
機械で動くとかだと故障の心配……とかたまにあるけれど、ぬいぐるみは「原則」は動かないので(ホラー映画の世界以外では)、何も悪いことなんてない。
悲しい想いを経験し、その後で思わぬ出会いを得られるじんべえざめ君。その心情がひたすら愛おしく感じられます。
今日はとりあえず、お気に入りのぬいぐるみの手入れでもしようかな。読み終えた後、そんなことを思わされました。