第8話 愛と平和

 5年も前のことだ。戦っている最中のことや、街へ帰っての戦勝パーティーでどんな話をしたかなんてもう覚えていない。

 だが、いつまでも忘れられないものがある。彼と互いの命を預け合った、そんな輝かしい日々のことだ。


 「勇者ってどんなヤツだったぁ? 今でも信じらんないんだよねー、魔王があんな人間に殺されちまうなんてさぁ」


 「たいしたヤツじゃない。よく博打で路銀をスッてたし、隙あらば私にちょっかいかけてくるし、最近は女癖も悪いって分かった。力も私より弱いし、魔法が得意なわけでもない。正直なところ、あんまり才能のあるようにも見えなかった」


 「おいおいフられたからって辛辣だなぁ女って。勇者ってのは、他人がそう呼んで成立する肩書なんだろ? 本当にそんなどうしようもない男だったら、勇者なんて呼ばれるわけないじゃーん! アハハハハハ!」


 「まあね。何て言うのかな、きっと戦いに向いてないだけで、人の心を動かす力があったんだと思う。本人もそれを分かってたのか、自分で『愛と平和』って異名を広めてたし。私はずっと馬鹿馬鹿しいと思ってるけど」


 「そだねー。今のところ『愛と平和と子作り』の勇者って方が似合ってるかな」


 「あんた、海は好き? しばらく海底で寝てみない?」


 「海に変なモン捨てんなよ。汚れるだろ?」


 「自覚はあんのね」


 ベッドから跳ね起きる。まだ寝るには早い。


 「買い物に行こう」


 一応の用心として剣を佩き、街へ繰り出した。

 市場で買い物をする。麻袋に食料を詰め込んだ。これから先、これより規模の大きい市場を訪れる機会があるかは分からない。多くを買う必要はないが、買い忘れのないようにすべきだ。


 途中港へ寄ると、大きな船がいくつも、街の壁のように海を遮っている。

 埠頭には海鳥も並んでいた。間に1羽、鴉の姿も見える。


 「ねえ、この先は船を使うの? そういや俺がぐるぐる巻きにされて運ばれてたときも、1回船に乗ったような感覚があったかな」


 「魔王城は王国と地続きだけど、海峡を船で渡った方が早いのよ」


 船の帆や飾りには国章が描かれている。王国以外にも数ヵ国の船がそこには停泊しているようだった。王国の次に多いのは海を挟んだ隣にある帝国だ。

 港全体は賑やかであったが、異国の船の周りだけはあまり和やかな雰囲気ではない。武装した帝国の兵士が、硬い表情で船の警備をしている。好奇心で様子を窺いに来た街の子供たちを、その眼光だけで威圧して追い払っていた。


 「嫌だね、ああいうタイプ。冗談が通じなさそう」


 「仕事してるだけでしょ。ま、王国と帝国って今仲が悪いから、余計にピリピリしてるのはあるかも」


 「そーなんだ。何? 音楽性の違いとか?」


 「そうね。向こうは太鼓とか好んで使うらしいけど、こっちはやっぱりラッパだから──って違うわ! 単に小島の領土を取り合ってるだけ。つまんない諍いよ」


 「打てば響く。これだよ」


 メロマカロナは採れたての魚や異国の機織り物を売る屋台のような並びを横目に、冷やかしだけして港から立ち去ろうとした。

 だが、小物を売る店の、綺麗なリボンを見てつい動きを止める。


 潮騒の向こうから声がした。


 『メロ! 誕生日プレゼントだ、ほら』


 ここと同じ場所で5年前手渡されたものは、2本の黒いリボンだ。金縁の装飾が凝っている。


 『え……買ったの? わざわざ自分の金で?』


 『そうだけど。あれ、趣味じゃなかった?』


 『はぁ。ただでさえ金欠なんだから、私なんかのプレゼント用意しないでよ。こんなものを買うぐらいならポーションの1つでも買った方がマシ』


 つれない女の態度に、男は悲しそうな顔をして口を尖らせた。


 『ちぇ。分かったよ、じゃあ返してくるから……』


 『待って』


 女は背を向けた男の肩に左手を置き、男の持つリボンに右手を添えた。


 『……要る』


 『どっちだよ。ポーションの方が好きなんじゃないのか?』


 『要るの! 丁度新しいリボンがほしかったところ』


 半ば力尽くで奪い取ったリボンを、女は大事そうに握りしめていた。


 それだけ。それで終わりの、淡白な思い出。

 どうしても素直になれなかった自分の、恥ずかしい過去。


 手放せなかった宝物は、5年経った今も彼女の髪を結っている。


 「どしたの、メロちゃん。固まっちゃって」


 「……ん。何でもない、もうちょっと観光してこうかな」


 全て終わったことだと自分に言い聞かせる。冷たい潮風が独り身に染みた。


 少し街の中心へ戻れば、そこは広場だ。最も人の多い場所に、よく目立つ金の像が聳える。


 『愛と平和の勇者、ウバ』


 『烈火のメロマカロナ』


 『智慧のヴァレニエ』


 『慈愛のミルフィ』


 『魔物の軍勢から街を守り、希望を掲げた英雄たち』


 等身大に近い4つの像は台座に立ち、それぞれが四方を向いて配置され、行き交う人々を見下ろしている。

 最早この街の名所といった扱いで、像を見上げる人や、台座の傍で誰かと待ち合わせをしたり喋ったりといった人だかりが絶えない。


 「あーあーあーあー恥ずかしいったらありゃしない。せめて私の分だけでも壊していっていいかなぁ」


 「いいじゃん! これから先何百年と像が残るって考えると、悪くないんじゃない? 自分が死んだって誰かが覚えててくれるんだ。幸せだろ?」


 「面白いこと言うのねあんた。でも、死んだ後に幸せになるなんてことはない。やっぱり恥ずかしいだけよ」


 メロマカロナはふと、周囲の視線が自分に集まっていることに気が付いた。

 無理もない。彼女は目の前にある像と瓜二つだったのだから。噂するような声が広がっていく。


 「やば。帰ろっと」


 その場から立ち去ろうとしたとき、馬車が彼女の道を塞いだ。


 「お嬢さん、よければ乗っていきませんか」


 豪華な箱の窓から、どこかで見た髭の男が彼女に声をかける。


 ◇


 馬車は揺れない。街が石畳で丁寧に舗装されているからだ。

 狭い車内で、メロマカロナは男と向かい合う。仕立てのいい服を着た壮年の男だ。


 「ああ、やはりあなた様でしたか。お久しぶりです、メロマカロナ様」


 格好こそかなり違うが、その顔と話しぶりで、彼女はその男が誰か思い出した。


 「……隊長? 随分とイメチェンしたのね」


 「今はもう隊長ではありません。市長になりました」


 「偉くなったんだ。でも、領主はどこ行ったの? 誰かいたでしょ、名前思い出せないけど」


 「マンサニージャ卿ですね。行方不明となった卿をしばらく捜索していましたが結局、バラバラになった船の一部が海岸に漂着し、死亡したという扱いになりました。魔物に襲われてしまったのでしょうね。領地は国が召し上げ、この街の管理者たる市長が、私たち民衆の中から選ばれることになったのです」


 「ふぅん。よかったわね、戦いに生き残った甲斐もあったものじゃない」


 「ありがとうございます。メロマカロナ様はいつからこの街に? おひとりですか?」


 「さっき着いたばかり。1人旅よ」


 「了解しました。ではどうでしょう、昼食を共にしながら私とお話でもしませんか」


 「お話、ね。別に私から話したいことなんてないけど」


 「ふむ。メロマカロナ様は確か甘味が好物であったと記憶しておりましたので、海の向こうよりもたらされた新たな甘味というものをご賞味いただきたかったのですが。それは残念」


 「……甘味?」


 「揚げ団子と呼ばれているのですが。その名の通り揚げた団子に、たっぷりの蜜を付けて食べるものです。生地のサクサクした食感と蜜の殺人的な糖度が合わさり、数個食べるだけで急激な眠気に襲われます。胡麻をふりかけた匂いがまた香ばしく──」


 「もういいわ、後は直接確かめる。思い返せば5年振りで珍しい知人ではあるし、私も何か話すことがあったような気がしてきた。丁度、これからお昼にしようと思っていたところなのよ」


 「すぐ着きます。私の席はもう予約してあるので、あと1つ、空けさせましょう」


 メロマカロナが急に、落ち着かない様子で脚を組み始める。

 彼女の腰の剣はそれを『ちょろいなこの女』と思うのであった。口に出さないのは命惜しさである。


 海沿いにある2階建ての店からは、中に入る前から甘い匂いが漂っている。彼女たちは2階に通され、屋根を支える骨組みだけで殆ど壁のないそこから、輝く海原を一望する。

 最も海に近いテーブルの、2つの席を除いて後は客で埋まっていた。1階も同様だ。


 「揚げ団子は濃いコーヒーと合うのです。注文はもう済んでいますから、後は待ちましょう」


 「なんか知らない文字も書いてあるし、同じ国とは思えないわね」


 店には様々な肌の色をした人間が集まり、この街が異文化との接点、窓口なのだと認識させられる。聞こえてくる言葉すらこの国のではないものが混じっているがお陰で、メロマカロナが英雄たちの1人であることにも悟られない。


 「メロマカロナ様、こうしてお会いできて本当に光栄です。あの日の感謝を1日たりとも忘れたことはありません。勇者様とあなた様のおふたりが魔物の指揮官を討ち取ってくれたからこそ、私たちは数の不利を押し返し、街の住人の暮らしを守ることができました。本当にありがとうございます」


 「ちょっと、止めてよ。目立つから……!」


 座りながら深々と頭を下げる男に対し、メロマカロナは羞恥する。


 「勇者様御一行の偉業──魔王討伐は単なる怪物退治の英雄譚ではないのです。魔王ラトゥナプラはこれまで協力関係になかった魔物の群れ同士を集め、組織し、言葉と戦術を与えて運用しました。今まで野ざらしで寝ていたような魔物たちに屋根の下で暮らせる文明を授けたのです。ましてや捕らえた王女を出しに、魔物だけの国家、その樹立を認めさせようと脅してきたことといい……魔王の恐ろしさとは山に穴を開けるような力でなく、その驚異的な知能にあったと私は考えております。もし魔王の討伐にもっと時間を擁していたら、それだけ奴らの文明は我ら人間のものに近付き、戦火がより広がっていたことは想像に難くありません。ですから勇者様の成し遂げたことは、そんな脅威の根源を廃したことで魔物全体の文明を再び底辺まで落とし、世界に恒久的な平和をもたらしたと言っても過言ではな──」


 すっかり早口で熱弁する男だったが、あくびをしたメロマカロナの様子を見て、抑揚頓挫に声を抑えた。


 「失礼。御一行に勇者様の偉業を語るなど滑稽でした」


 「そういう話が人気の秘訣?」


 「ともかく、私はここで勇者様の偉業をいつまでも語り続けます。いえ、それが私以外の、この街に住まう者たちの総意でもあります。皆の寄付によって広場の像も建てられました。次は勇者様の横顔を象った記念金貨を発行する予定です。春には戦勝記念の勇者祭も開かれるので、よければご参加ください」


 「……それ、許可取ってる?」


 失礼します、と店員が大皿をテーブルに置いた。

 まだ湯気の立つ団子の山だ。透明な蜜の上に胡麻が散って浮かんでいる。

 メロマカロナはいの一番に揚げ団子をフォークで突き刺し、頬張った。


 ◇

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