第61話

 ジョージが川の街に来てから1年近くが過ぎていた。そして彼の迷い人3年目が終わろうとしている。ホテルのレストランで会うメンツもこの1年ほとんど変わっていない。多くの迷い人達が自分と同じくこの街を起点にしながらあちこち探索しているのだろう。


 東の山はシンディやナオミが言っていた様に山の一部が絶壁になっている。そこは探さなくても良いのは確かだが、山の裏手に回る為に山裾を大きく迂回する事になり時間がかかる。それでもジョージは1ヶ月単位で山の中を魔獣を倒しながら歩いてはゲート、もしくはそれに通じる何かを探して移動を続けた。


 市内にいるときはアイテム屋に顔を出してウマルと雑談をするが、警戒のランプ以降良い物は入荷していない。


「気長に待ちますよ。まだしばらくはこの街にいますし」


「そう言ってもらえると助かる。こっちもいつ入荷するとはっきりと言えないからね」



 この日、1人で夕食を食べたジョージは”キリシマ”に顔を出した。こことニールセンがやっている”メーラル”には街にいる時はたまに顔を出している。


 キリシマの扉を開けるとカウンターの奥に何度かこの店で会っている黒髪の男性が座っている。彼の前にはウイスキーグラスが置かれていた。これもいつもと同じだ。


「ジョージ、いらっしゃい」


「こんばんは」


 ジョージがカウンターに座るとマスターのケンゾーがウイスキーの水割りのグラスを置いた。代わりに銅貨をテーブルに置く。最近はウイスキーを飲んでいるジョージ。


「最近見なかったが山にこもってたのか?」


「東の山に1ヶ月ちょっといたよ」


「その表情を見ると収穫なしか」


「すぐに見つかると期待はしていない。そろそろ東西の山の南側を見てみようと思ってる」


「となると長くなるな」


 ケンゾーが言ったがその通りで、東西の山を見るとなると移動だけで往復1ヶ月以上はかかる。そこから山の中を探索するとなるとトータルで3ヶ月近くになる。魔法袋があるとは言え、体力的にきついのは間違いない。


「だからと言って無視する訳にはいかないだろう。遠いから止めておこうと考えている様だとゲートは見つからないと思ってる」


「確かにな。俺は途中でギブアップしたがジョージはまだ若い。無理が効く間に無理をしないとな」


 その通りだ、年を取ると無理をしたくてもできなくなる。


「ジョージはこの世界にゲートがあると信じているんだね」

 

 カウンターの隅に座っている男性が言った。ジョージは彼に顔を向けると頷いてから言った。


「間違いなくある」


「じゃあ、どうして今まで見つかっていないのだろう」


 客の口調は穏やかでジョージを馬鹿にした言い方ではない。


「その前に、あんたも元迷い人かい?」


「もう迷い人を止めてから25年以上になる」


 黒髪の客が言った。マスターのケンゾーもジョージを見ている。ジョージは少し考えてから2人を見た。


「あんたとマスターは同じ年にこの世界にやってきたのかな?」


 彼の言葉に今度は2人が顔を見合わせる。しばらくしてからケンゾーが言った。


「その通りだよ。どうしてそう思った?」


「25年目というのでひょっとしたらと思っただけだよ。2人組だったのか」


「その通り。私はキリシマのマスターと2人で組んでこの世界でゲートを探しまくったんだ。この世界に飛ばされた時、日本人は私たち2人だけだった。たまたま2人とも近くにいたのでそのままチームを組んだんだ。ジョージも分かるだろうが、いきなり他の国の人間を100%信用することはできない。日本人だってそうだ。ただお互いに他国の人と組むよりはマシだろうと最初は思ったのさ。そしてチームを組むと私たちはウマが合った。そのまま2人で15年程活動をしたんだよ」


「なるほど。理解できる話だよ。そして引退してからケンゾーは飲み屋を開いた。あんたは今この街で何をしているんだい?」


 ジョージが言うとしばらくの沈黙の後で男性がゆっくりと言った。


「私はジュンという。今ジョージが泊まっているホテルのオーナーの仕事をしているよ」


「あんたがホテルのオーナーだったのか。リバーサイドホテルのオーナーは元迷い人でジュンという日本人かもしれないという噂は聞いていたが、本当だったんだ」


 ジュンが言う前からひょっとしたらと思っていたこともあり当人の口からそれを聞いてもジョージはそれほど驚かなかった。ジュンは正確にはジュンイチという名前だが長い間にジュンと呼ばれる様になってそのままにしていると言う。


「前にも言ったと思うけど良いホテルで助かってるよ。しっかりと休めるしセキュリティもいい」


 ジョージが言うとありがとうとジュンが言った。


「俺とジュンはこの街に来て東西の山を徹底的に探索した。それでも見つからなかった」

 

 ケンゾーが話始めた。ジョージは顔を彼に向ける。


「チームを組んではいたがそれぞれソロでも動ける実力はあった。それが証拠に俺たちは山に入ると二手に別れて事前に決めたエリアを探索したんだよ」


 なるほど。腕が立つ同士ならそのやり方もありだ。単純に探索範囲が2倍に広がる。ケンゾーが言うには野営の場所だけ決めてそれ以外は別行動。そうすることで夜も休め、長期間の山の探索が可能だったそうだ。


「それでもゲート、あるいはゲートらしきものは見つからなかった」


 ジョージは顔をジュンに向けた。


「それでさっきあんたは本当にあるのかと俺に聞いてきたんだな」


「その通り。俺とケンゾーはこの川の街で1年過ごし、そこから南の山裾の街に移動した。行けば分かると思うが山裾の街の山はここと違って急斜面が多い。ゲートはあるとしたら森じゃなくて山だろうと思っていた俺たちは山裾の街での探索を3年で終えると再びこの川の街に戻ってきてそこで時間をかけたんだよ」


「山の向こう側の砂漠の街と呼ばれている場所には行かなかったのか」


「俺たちももちろんそこに行くことを考えたさ。ただ山裾の街で集めた情報から判断していくことを辞めたんだよ」


 そこまでジュンが言うと、その後をケンゾーが続ける。


「集めた情報を分析した。砂漠の街に行くメリットとデメリットを比較したんだ。メリットは強い装備を手に入れることができる。それだけだった。一方でデメリットは何かと言うと、街の周囲は禿山と砂漠しかない。山を越えるのも簡単じゃない。2ヶ月はかかる。往復で4ヶ月だ。4ヶ月かけて装備を更新する必要あるのかってな。俺たちは南の山裾の街で手にいれることができる装備で困ったことは一度もなかった。それなら時間を無駄にせずに今の装備で山裾の街の周辺を探索した方がいいだろうという結論に達したんだよ」


「割り切ったんだな」


 ジョージが言うと2人がその通りだと言う。どこかで割り切りが必要だということも理解できる。


「山裾の街に着いた時点で2人とも30歳をいくつか越えていた。残り時間も多くない。砂漠の街のエリアにはない。そう割り切ったというか決めつけたんだよ」


 結局そこでも見つけられなかった2人は山裾の街からこの川の街に戻ってきて探索を続け、迷い人をやめた後にこの場所で酒場とホテルを始めたのだと言った。


「山裾の街はここよりももっと迷い人が少ない。あの街で新たに店をやるよりもこの街でやる方が儲かると考えたんだ。そしてその判断は正しかったと思っている」


 色々な生き方、動き方がある。ジョージは他人の生き方を否定する気はない。当人が納得していればとやかく言うものじゃないと考えている。


「ジョージはソロで動いているのだろう。無計画に動き回ると時間だけロスするぞ」


 ケンゾーが言った。その通りだ。闇雲に動いている様だと時間だけ経つ気がする。


「ありがとう。色々と参考になったよ」


「結局俺たちはゲートを見つけていない。負け組なんだよ。でもジョージなら俺たちとは違った切り口で攻略してくれそうだ。期待しているよ」


 ジュンの言葉を聞いてジョージは軽く頭を下げた。


 ケンゾーとジュンの2人の言葉を信じるとこの地区の山はほぼ調べ尽くしている。そしてゲートはない。


 可能性があるのは山裾の街かあるいは彼らが断念した砂漠の街か。


 これからの方針を決める時期が近づいているかもしれないとジョージは感じていた。

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