第4話 ギルドで広がる“謎の天才鍛冶屋”の噂


王都への出立から三日後。

リクとセルナは馬車に揺られながら、舗装の甘い街道を進んでいた。街道の両脇にはひたすらに草原が広がり、時折、遠くに旅人や商人の隊列が見える。

空は高く、どこまでも澄んでいた。異世界の空気は、日本のそれよりもずっと乾いていて、どこか懐かしい匂いがする。


「リク殿、少し休みますか?」

御者台からセルナが声をかける。相変わらず真面目な調子だ。

「平気。こう見えて、長距離移動は得意なんだ。前世でも満員電車で毎朝二時間だったし。」

「ぜんせ……何ですか?」

「いや、こっちの話。」


セルナは首を傾げながらも、笑って reins を引いた。

馬車が揺れを止め、道端の丘の上で昼食を取ることになった。木陰に腰を下ろすと、草の甘い香りが漂う。


リクは簡易鍛冶台を組み立て、小さな金属片を取り出した。

そして周囲を見回して呟く。「この辺りは静かでいいな。久しぶりに何か作るか。」


「この辺りで鍛冶を?野外で?」

「うん。試作品の調整だよ。昨日思いついた材料の組み合わせを試してみたいんだ。」


火打ち石で火を起こすと、リクの手が自然と動いた。

金属が光り、まるで生き物のように形を変えていく。

セルナが見入っている間にも、小さな短剣が完成していた。

「……すごい。光っているのに、熱気がまるでありませんわ。」

「安全設計ってやつ。手でも掴める鍛造システムなんだ。」

「システム……」

またもやわからない単語に首をかしげながらも、彼の技に感嘆したように息を飲むセルナ。


やがて日が暮れるころ、二人は王都・ブルーメリアに到着した。

高い城壁、四方に延びる石畳の道、人と馬車が行き交う喧噪。それはまさしく“文明”の象徴だった。

リクは久々の街並みに圧倒されていたが、周囲の視線が妙に集中していることにすぐ気づいた。


「なあ、さっきからやけに見られてない?」

「……実はですね。」

セルナは気まずそうに頬をかいた。

「“神鍛の青年が黒鋼帝狼を一刀両断した”って噂、王都に届いていました。」

「はあ!? 三日で!?」

「この街の情報伝達は早いんです。しかも王国ギルドが正式報告したため、冒険者たちの間でも話題になっているとか。」


その言葉通り、ギルドへ足を踏み入れると、ざわめきが一斉に起こった。

「おい、あれが噂の……」「十秒で剣を打ったってヤツか?」「いやいや、魔術じゃなく物理鍛造らしいぞ。」

まるで見世物でも見るような視線。リクは早くもげんなりした。


「これ、絶対めんどくさい展開だろ。」

「ごめんなさい……でもここを通らなければ登録すらできませんの。」


受付嬢――金髪の快活な女性が笑顔で迎えた。「いらっしゃいませ、新規登録の方ですね?あ、もしかしてあなたがリク=オオツカさん!?」

噂の名前をそう呼ばれてリクは頭を抱える。

「違うって言っても信じてもらえないやつだな、これ。」


とりあえず手続きを済ませると、ギルドマスターが現れた。大柄で筋骨隆々の中年男、ラウスと名乗る。

「おう、噂の神鍛ってのはお前か。腕を確かめたい。すぐにでも試作品を見せろ。」

「あの、もう今日だけで試し打ち五回目なんですけど……」

「王都の客は一日に百人は並ぶんだ。覚悟しろ。」


ため息をつきながら炉を借り、本気を出さず適当に仕上げた剣を見せた。

その瞬間、ラウスは真顔になり、無言でその剣を折ろうとした――が、びくともしない。

「お、おい……これ、ミスリルより硬いぞ!?」

「うん、そんな感じで作っといた。」

「そんな感じって……」


周囲の冒険者たちがどよめき、拍手が起こる。

中には羨望と嫉妬の入り混じった目で睨む者もいた。特に、奥で腰を上げた黒髪の青年。

「嘘だ。俺が半年鍛えてやっと完成させたミスリルブレードを“そんな感じ”で作れるわけがない!」

名をディランという。王都ギルドの若き天才鍛冶師として知られる青年だった。


「いや、ほんとに大したことしてないよ。素材がよかっただけ。」

「ふざけるな!貴様、どんな技を使った!?」

「いや、普通に叩いて溶かして伸ばしただけだけど……あ、温度管理は自動でやってくれたかな?」

「自動!? 何を言って――」


その時、ラウスが割って入った。「やめろディラン!王国に喧嘩を売るつもりか!」

しかしディランは怒りを抑えきれず、机をたたいた。

「俺は認めない! あんな素人紛いが、俺の技術を超えるなど!」


その言葉に、リクは肩をすくめながら剣を差し出す。

「そんなに気になるなら、打ってみる?ほら。」

「な、何だと……!?」

「君が本気で打って、俺が軽く打つ。どっちが先に折れるか試せばいいだろ?」


試合形式で炉が整えられ、周囲に人垣ができる。

リクは既に気乗りしない顔でハンマーを持ち上げた。ディランが全力で鉄塊を叩き、巨大な火花が弾ける。

が、リクが軽く一打ちすると、その鉄塊は鏡のように平滑な刃形に変わっていた。


一瞬の静寂――そして爆発的な歓声。

「一打で完成してやがる!」「まるで魔法だ!」

ディランは放心したまま膝をついた。

「……っ、俺の努力は、一体……」

「努力は裏切らないよ。たぶん俺がズルしてるだけ。」


あくまで軽妙に言い放つリク。

けれどその謙遜めいた一言が、さらに周囲の神格化を加速させていた。


セルナはその様子を遠くから見守りながら、胸の奥で複雑な感情を覚えていた。

誇らしい。けれど、不安でもある。

このままリクの名が広がれば、彼を利用しようとする者が必ず現れる。


夜になり、ギルドを出た二人は宿屋の一室で向かい合っていた。

「今日は騒がしかったな。」

「……リク殿、あの青年を挑発するようなことを仰って。」

「心配するな。あんなの、すぐ立ち直るよ。才能ある人ほど“くやしさ”で伸びる。」

「そういうものですか。」

「そういうもの。」


窓の外には王都の灯りが瞬き、遠くでは鐘の音が響いていた。

セルナはその光景を見つめながら、小さく呟く。

「あなたは、本当に“特別”な人ですね。」

「俺は普通だよ。ただ、ちょっと得意分野が違うだけ。」

「そう……ならいいのですけれど。」


彼女の声はかすかに震えていた。

そしてその震えを、リクは気づかないまま微笑んだ。

やがて、ふたりを包む夜が深く沈んでいく。


翌朝、ギルドの布告板には新しい紙が貼られていた。

『緊急通達:無名鍛冶師リク=オオツカ、王国最上級鍛冶ランク“神銀級”に即時昇格。王都北鍛区へ召喚のこと――王宮鍛冶顧問エルゼ署名。』


それを見た瞬間、リクの顔が引きつる。

「……まだ到着して三日目なんだけどな。」

「やはり、あなたは“選ばれて”しまったのです。」


この日を境に、“謎の天才鍛冶屋リク”の名が王都中に響き渡ることになる。

だがその影で、黒い教団の耳にもその名が届いていた。


(第4話 終)

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